爆破撃沈の選択肢が却下されたのは、それでパラサイトを滅ぼせるという確信が持てなかったからだった。ただの魔法師でも、乗っている船を沈められただけで殺せるかどうかは分からない。パラサイト――妖魔の場合は、死んでも滅びないかもしれないのだ。その為、攻撃部隊には「
カトリックに比べてプロテスタントは魔法的な戦闘組織の伝統が乏しい。しかし魔法の存在が明らかになる前の時代でも、退魔師のニーズは世界中に存在した。旧USAのプロテスタント組織は退魔師の伝統が乏しいことを逆手に取って、銃の文化に最適化した対妖魔武器を作り上げたのだった。
あいにくスターズは退魔師と親しくない為――退魔師組織が目を付けていた若い魔法師を、スターズが横から攫って行くからである――、リーナは第一次パラサイト事件の際にこの弾丸を供給してもらえなかった。だが今回は、スターズを侵食しているパラサイトを退治するという名目で、保守派に退魔師組織が協力しているのだ。
もっとも
兵士たちの最後尾では、黒いガウンを着た三人の男性が一分隊に守られていた。一人は初老、二人はまだ若い。彼らは十字架が刺繍されたストールを首に掛け、左手に縦六十センチ前後の大きな十字架を持っている。従軍牧師の古式魔法師、退魔師だ。彼らは位の高い退魔師ではなく魔法的な攻撃力もそれ程強いものではなかったが、期待されている役割はパラサイトを魔法で斃すことではない。三人の退魔師はその役目を果たすべく、十字架を目の前に掲げて祈り始めた。
カーゴハッチを破った衝撃は、振動という形で水波のキャビンまで伝わってきた。ハッと目を見開いた光宣が、すぐに瞼を半分閉じる。そのまま彼は、眉を顰めた。
「妨害されている……?」
瞼を上げた光宣は、水波が自分を不安げに見詰めているのに気づいた。光宣は一瞬、自分たちにとって異常事態を水波に説明すべきかどうか迷ったが、何も言わないのはかえって不安を煽るだろうと思い直す。
「……レイモンドとスピカ中尉への念話が通じない」
「妨害されているのですか?」
光宣は水波に、パラサイトの能力について、まだ詳しく説明していない。彼女はパラサイト同士の念話とテレパシーの違いを知らないから、意思の疎通を妨害されているということにそれ程大きな驚きを覚えない。キャスト・ジャミングで魔法の発動を阻害するように、念話も妨害できるのだろう、程度の認識だ。
だがパラサイトの意思疎通とテレパシーは、根本的に異なっている。パラサイトは個々の意識をもちながら、同時に意識を共有している。パラサイトの念話は、一つの意識の中で行われているという点において自分との対話と同質だ。意識と意識の間に妨害の思念波を放っても、パラサイト同士の交信を邪魔できない。全てのパラサイトが共有する意識、全てのパラサイトを包含する種族的意識に干渉できなければ不可能だ。
それができるということはパラサイトの魔法的能力そのものを疎外し弱体化するのも不可能ではないということを意味する。
「水波さん、僕から離れないで」
光宣は水波を背中にかばう形で扉に身体を向けた。ただならぬ緊張を見せる光宣に、水波も顔を強張らせて「はい」とだけ答える。完全防音の壁の向こうから聞こえてくる音は無い。ただきな臭い空気だけが伝わってきて、じりじりと肌を炙る。
光宣は扉を警戒していただけではない。レイモンド、スピカとの交信を試みながら、同時に何が起こっているのか「眼」で確かめようとしていた。だが『精霊の眼』を使おうとしても、ぼんやりとしか情報が読み取れない。
「(パラサイトの――人外の魔物の精神機能を妨害する術式が働ている?)」
恐らく人間に仇為す人間以外の存在、悪霊や妖魔の打倒を専門にする魔法体系を身に着けた古式魔法師の仕業だろう。念話が通じないことといい、この状況はそうとしか思えなかった。
完全に魔法を、「眼」を封じられているわけではない。外で殺し合いが行われているのは分かるし、自分の魔法を妨害しているのが三人の魔法師であることも読み取れている。
「(……こいつらを先に始末するか?)」
光宣は自分にそう問いかけた。魔法を妨害しているだけといえども意識に、つまりは光宣自身に干渉してきているのだ。これは明らかな敵対行為。
「(命までは取らない。それでお互い様だ)」
光宣は自分にそう言い聞かせて、反撃を決意した。霞の掛かった視界の中で、自分の魔法を邪魔している古式魔法師に照準を合わせる。思ったよりスムーズに行かない。対妖魔術式の妨害を乗り越える為、意識を予想外に集中しなければならず周りへの注意が疎かになっていたが、反撃に気を取られている光宣はそれに気づけなかった。
光宣相手には力不足……