劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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一応言っておかないと


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 七月十八日、午後八時五十五分。マンションの深雪にはリーナを護衛に付けて、達也は一人で九重寺を訪れた。いきなり押しかけたのではない。一度、今朝十時にも達也はこの寺を訪問して、東道青波との面会を仲介して欲しいと八雲に頼んであったのだ。約一週間前に本気で戦った二人だが、達也も八雲もまるでそんなことなど無かったのような態度でその場は別れ、昼過ぎに今日の夜九時を指定する電話が八雲から達也の端末へ掛ってきたのだった。

 弟子に案内された脇間で待つこと五分。九時ちょうどに、八雲を連れた東道青波が上座に腰を下ろした。

 

「本日はお呼び立てして、誠に申し訳ございません」

 

「挨拶は良い。四葉達也、面を上げよ」

 

 

 達也は素直に顔を上げた。真夏にも拘わらず、東道は以前会った時と同じような高級スーツ姿だ。

 

「本日は私に頼みたいことがあるとか。遠慮は要らぬ、申してみよ」

 

「お言葉に甘えまして、申し上げます。閣下に賜った抑止力としての務めに関係してくることでございますが、第一〇一旅団を離れ特務士官の地位を返上しても軍事力を合法的に行使できるように御手配願えませんでしょうか」

 

 

 達也は本当に遠慮なく、東道にいきなり要求をぶつけた。東道は怒るのではなく、面白そうに唇を歪めた。

 

「ワイアット・カーティスから受けた依頼の件かと思ったのだがな」

 

「その件は当主よりご相談申し上げていると考えておりました」

 

「フム……」

 

 

 東道はなおも愉快気に達也を見詰める。

 

「確かに相談を受けておる。アーシャ・チャンドラセカールから協力要請があった件についてもな」

 

「既にご存じでしたか」

 

「良かろう」

 

 

 東道の挑発を、達也は涼しい顔で受け流し、東道も達也の態度をまるで問題にしなかった。

 

「其方の力が自由に使えぬとあれば、国防上の損失だ」

 

 

 東道が頷き、腕を組む。

 

「私の権限は、今の世で表に出せるものではない。其方一人に限定して、公的な特権を与えることは難しい。だが……」

 

 

 東道が組んでいた腕を解く。

 

「事後的に出あれば、罪に問われないよう手配することはできよう」

 

「お願いできますでしょうか」

 

「承知した。しかし其方、佐伯と仲違いでも致したか」

 

 

 達也が畳の上で平伏すると、その背中を見下ろしながら、東道が揶揄するような口調で問いかけた。

 

「佐伯閣下は当家が元アンジェリーナ・クドウ・シールズを匿っているのが、気に入らないご様子です」

 

 

 東道の揶揄に、達也は顔を上げて答える。

 

「アンジー・シリウスを匿っているのは四葉家ではなく其方であろう」

 

「私は」

 

 

 達也はここでも「自分」ではなく「私」という一人称を使った。

 

「彼女はもう、アンジー・シリウスにはならないだろうと知っていますので」

 

「ほぅ」

 

「へぇ」

 

 

 東道だけでなく、それまで黙っていた八雲までが声を漏らす。

 

「願っている、ではなく、知っている、なのかい……?」

 

 

 八雲がニヤニヤと笑いながら達也に尋ねる。彼はリーナが既に帰化していることも、心情的にもUSNAよりも四葉家に傾いていることもしっていて尋ねているのだから性質が悪い。

 

「はい。私の意志とは関係なく、彼女はもうスターズには戻らないでしょう」

 

「ハハッ。そうなると良いねぇ」

 

 

 八雲はなおも笑っているが、東道は既に真顔を取り戻していた。

 

「佐伯は死んだ九島に対して感情的なしこりを残しているからな。その影響もあるのだろう」

 

 

 達也の顔を、意外感が掠める。彼は佐伯が外交上の損得を計算しているだけだと推測していたのだが、そんなに根の浅い話ではなかったようだ。

 

「だが其方と佐伯の縁が切れるのは、この国にとって好都合だ。其方の力は、一武官の影響下に置かれるべきものではない」

 

 

 達也はこの時、何と応えて良いのか分からず、ただ軽く、ただし丁寧に頭を下げた。東道にとっては、その反応で問題なかったようだ。

 

「事情は分かった。先程も申した通り、交戦者資格の件は私に任せておくが良い。其方は自分が必要だと判断した時に、必要なやり方でこの国を守護せよ」

 

「改めて、承りました」

 

 

 達也が再度、平伏した。その頭上に、東道の言葉が続けて浴びせられる。

 

「ワイアット・カーティスの申し出も受けて良い。政治家や官僚どもは良い顔をせぬであろうが、ベンジャミン・ロウズを脱獄させるというのは、其方の力を見せつける為にはちょうど良かろう。ただし、ミッドウェー監獄を全壊させるのは無しだ。過ぎた薬は毒になる故な」

 

「分かりました」

 

 

 どうやら東道は、USNAを軍事的に牽制する必要を覚えているようだ。巳焼島が襲撃された件で不快感を懐いているのだろう。そう思いながら、達也は平伏したまま応えを返した。

 

「桜井水波の救出に当たっても、米軍の損害は余程大きなものでない限り考慮せずとも良い。パールアンドハーミーズ基地を消し去るのはやり過ぎだが、空母の一隻くらいであれば吹き飛ばしても構わぬ」

 

「なるべく穏便に済ませたいと存じます」

 

「それも良かろう。ただし一つ、条件がある。……面を上げて良いぞ」

 

「何でございましょうか」

 

 

 達也はそう言いながら、ゆっくりと身体を起こした。




向こうからも依頼があるからなぁ……

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