劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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何処から調達したのやら……


詫びの印

 達也の問いかけに、東道はもったいぶることも無く、条件を告げる。

 

「九島光宣を連れて帰ってはならない」

 

「滅ぼさなくてもよろしいのですか?」

 

 

 東道と彼の同僚たちには、人外の魔性に対するアレルギー的な忌避傾向があるとあの夜、達也は八雲から聞いていた。彼は「条件」と聞いて、パラサイトの殲滅を要求されると予想していたのだった。

 

「不要。アメリカで起こることは、アメリカ人が対処すべきだ」

 

「承りました」

 

 

 光宣の能力は惜しい気もするが、達也にとっては水波を取り返すことの方が優先される。東道が付け加えた条件は、彼にとっても抗うべきものではなかった。

 

「出国についても、手を打っておこう。密出国などというつまらない容疑で煩わされたくないであろう?」

 

「……ありがとうございます」

 

 

 東道がここまで協力的な姿勢を見せるとは、達也も予想していなかった。確かに国防軍と決別すれば、これまで見逃されていた違法行為を逆に厳しく咎められる可能性がある。今回の件に関していえば、まず密出国だ。だがそれは避けられないリスクだと達也は覚悟していた。

 

「八雲」

 

「達也くん、これを」

 

 

 八雲が達也の斜め前に移動して、懐から藍色の袱紗を取り出した。差し出された袱紗を手に取り、達也は「開けても?」と八雲に目で尋ねたが、応えたのは東道だった。

 

「開けてみるが良い」

 

「はい」

 

 

 袱紗に包まれていたのは、出国確認証印済みの公用旅券だった。名目はUSNAに対する技術協力。魔法工学技術者として、達也を一時的にUSNAに派遣するという主旨のものだ。

 

「八雲の発案である。先日、其方の邪魔をした詫びの印として受け取っておくが良い」

 

「邪魔したのは僕の意志じゃ無いんだけど、まぁ、そういうことだよ」

 

 

 邪魔とか詫びとか経緯と理由は兎も角、達也にとって有用なアイテムであることは間違いない。達也は丁寧に頭を下げ、二人の好意を受け取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本時間七月十九日正午、現地時間十八日午後四時。パールアンドハーミーズ基地に小型輸送機が到着した。この基地は環礁の外側に人工地盤とメガフロートを建設し、その上に作られた物で、基地自体に滑走路は無い。基地所属の空母が滑走路の代わりを務めている。その為、空母が出撃している間は飛行艇を除いて航空機で訪れられない。

 輸送機は、ニューメキシコのスターズ本部基地から派遣された物だった。スターズ本部は三日前から、輸送艦『コーラル』入港直後にクルーの下船を拒否されるという異常な事態の解決を、スピカ中尉から求められていた。その対応を検討していたところに、昨日、同じアメリカ軍による奇襲攻撃だ。スピカから救援を求められたウォーカ基地司令は直ちにスターズ第十一隊のケヴィン・アンタレス少佐とエリヤ・サルガス中尉の派遣を決定した。

 

「スピカ中尉。すまない、遅くなった」

 

「いえ。来ていただいて嬉しく思います、サー」

 

「ところで、ベガ隊長とデネブ少尉は……」

 

「隊長と少尉は戦死しました」

 

「……そうか。残念だ」

 

 

 アンタレスは二人と特別親しかったわけではないが、やはり同僚の死はショックなのだろう。たとえパラサイトであっても。

 

「それで、状況は?」

 

「コーラル乗組員の半数が犠牲になりましたが、残ったクルーの待遇は改善されております。負傷者の看護も十分なものです」

 

「了解した」

 

「スピカ中尉。当基地における問題は解決済みだと理解しても良いのか?」

 

 

 ここでサルガス中尉が会話に加わる。

 

「いえ、未解決の問題が残っています」

 

「投降した奇襲部隊の処罰か?」

 

「そちらは軍法に則って決めればいいことです」

 

「では、何だ」

 

「我々のネットワークに加わろうとしない同族の存在です」

 

「同族が意識の共有を拒んでいるということなのか?」

 

「そんなことが可能なのか?」

 

「事実です。何故そのような真似が可能なのかは、分かりませんが」

 

「何者だ」

 

 

 アンタレスが厳しい表情でスピカに問う。

 

「九島光宣という名の、日本出身の同族です。レイモンド・クラークがコーラルに連れてきて、現在はこの基地に滞在しています」

 

「……その者はどこにいる?」

 

「同行者が体調を崩しており、病室に付き添っています」

 

 

 アンタレスの質問に、スピカはすぐに答えた。彼女は昨日から光宣と接触を持っていなかったが、彼の動向から目を離してはいなかった。

 

「その同行者も同族か?」

 

「いえ。その少女は人間です」

 

「同族が人間の少女と逃げてきたのか……なにやら事情がありそうだが」

 

「九島光宣の事情については、レイモンド・クラークが知っているはずです」

 

「そうだな……、いや、それは後回しだ。その九島光宣とコンタクトしてみよう」

 

 

 アンタレスのセリフに、スピカが顔を曇らせる。

 

「九島光宣は敢えてネットワークを遮断している節があります。説得は、簡単ではないと思われますが」

 

「分かっている。多少、手荒な対応になるのも仕方がない。それが分かっているから、貴官は我々が到着するまで静観していたんだろう」

 

「はい、少佐」

 

 

 アンタレスとサルガスは人間だった時分、精神干渉系魔法を得意としていた。その技能はパラサイトになっても損なわれていない。威力はむしろ、上がっている。スピカは二人の精神干渉系魔法で光宣の精神防壁を崩せるのではないかと考えていたのだ。そしてアンタレスも、無言で頷いたサルガスも、そのつもりになっていた。




無駄に敵を作りまくる光宣

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