劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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昨日今日と寒いですが、皆様体調は大丈夫でしょうか?


足りないもの

 狭いキャビネットの中、レオの隣にはエリカが座っている。普通の高校生男子なら美少女が隣に座っていたら舞い上がってるだろうが、二人の間にはそんな色っぽい空気は流れては居なかった。

 何処と無く居心地の悪さを感じてるレオに対しエリカは窓枠に肘をついて外を眺めているというラフな姿勢のまま何も語りかけて来ない。レオは目的も聞かずに誘いに乗ったことを早くも後悔していた。

 

「……簡単過ぎると思わない?」

 

「何がだよ」

 

 

 居心地の悪かった沈黙は、唐突な問いかけによって破られた。レオは唐突な質問に対して普通の声で返事が出来た事にコッソリと胸を撫で下ろしたのだった。

 

「だって昨日正体不明の外国人にスパイが潜入してるって警告を受けて、今日スパイ道具を持った生徒が見つかったのよ? それも『見つけてください』と言わんばかりのお粗末さで」

 

「お粗末って……結構苦労したじゃねえかよ」

 

「捕まえるのにでしょ。ハッキングツールをむき出しで手に持ってるなんて普通じゃ考えられないじゃない」

 

「所詮素人って事だろ」

 

 

 レオの決め付けにエリカは頷いたが、納得しきれてない様子だった。

 

「如何したんだよ?」

 

「これで終わりじゃない……あの子は当て馬かもしれない」

 

「コッチの油断を誘う為ってか? それで俺に用事ってのは本命を炙り出す探偵の真似事なのか?」

 

「アンタに頭脳労働なんて期待しないわよ。アタシだって頭脳労働って柄じゃないし、そんなのは達也君に任せておけば良いのよ。似合わない真似をするよりも、アタシたちにはもっと相応しい役回りがあるでしょうが」

 

 

 エリカの言葉に一瞬カチンときたレオだったが、自分まで相応しく無いといった挙句にもっと相応しい事があると言われてレオはエリカが言いたい事にピンと来たのだった。

 

「用心棒か」

 

「守るよりも反撃がメインだけどね」

 

「怖い女だな……達也を囮にしようってのか?」

 

「達也君なら殺しても死にゃしないわよ」

 

「確かにな」

 

 

 一通り明るく話した後、エリカの表情が引き締まった。それにつられるようにレオも浮かべていた笑みを消した。

 

「でもそのためには足りないものがある」

 

「足りないもの?」

 

「アンタの歩兵としての潜在能力は一級品よ。普通の戦闘なら服部先輩や桐原先輩よりも素質は上だと思う」

 

「素質ってことは、今の能力に問題ありって事か?」

 

「アンタには決め手が無い。相手を確実に仕留める技、相手に大きな恐怖を与える技が」

 

「オメェにはあるのか?」

 

「専用のホウキが必要だけどね。アンタには達也君の作った小通連があるけど、斬れ味が足りないのよ。だからこれからアンタに相手を斬り殺せる技を教えるけど、身に付ける覚悟はある?」

 

 

 エリカに真正面から見つめられた形だが、レオは視線を逸らす事無く簡潔に、明快に答えたのだった。

 

「愚問だぜ」

 

「だったらアタシが教えてあげる。秘剣・薄羽蜻蛉。アンタにピッタリの技をね」

 

 

 エリカは少し楽しそうな表情でそう告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レオとエリカがいない代わりに、達也たちのグループには花音と五十里が一緒だった。

 

「……という動機でした」

 

 

 達也の簡潔な説明に、花音では無く他の人間が憤慨を表した。

 

「何ですかそれ! 単なる逆恨みじゃないですか!!」

 

「って言うより八つ当たり?」

 

 

 憤怒するほのかの隣で理解に苦しむとばかりに雫が首を捻っている。二人共達也の妨害をしようとした千秋に怒りを表しつつも、しっかりと達也にくっついているのでイマイチ迫力は無かった。

 

「八つ当たりせずには居られなかっただろうね……」

 

「きっとお姉さんが大好きなんでしょうね……平河さんのしようとした事認めることは出来ませんが、気持ちだけなら少し分かる気がします」

 

 

 一方で幹比古と美月は千秋に同情的だった。見事に一科生と二科生で意見が分かれたが、それを面白がってる場合ではなかった。

 

「まぁ放っておいても問題なさそうですしね」

 

「狙われてるのは君なんだけど?」

 

「俺を狙った嫌がらせに巻き込んでしまって申し訳ありません」

 

「いや、別に謝らなくても大丈夫だよ」

 

 

 達也の謝罪に妙に艶かしい表情で五十里が応える。同性の友人が少ないのはこういったのが原因なのではないかと他のメンバーが思ってる中で、達也は言葉を続けた。

 

「あのようなパスワードブレーカーで破られるほど柔なセキュリティは組んでませんし」

 

「でもクラックが通用しないって分かったらもっとエスカレートしてくるかも……平河先輩に説得してもらう?」

 

「平河先輩をこの件に関わらせるのは止めましょう。姉妹とはいえ関係も責任も無いんですから」

 

「へぇ~優しいトコもあるのね」

 

 

 からかいでは無く花音は素で驚いていた。それを見てムッとしている深雪をさりげなく上級生の視界から隠し達也は大きく首を横に振った。

 

「余計面倒になりそうな気がするからですよ。それに最近周りをチョロチョロしてるのは平河千秋だけではありませんから」

 

 

 そのセリフにハッと顔を強張らせて花音と五十里と幹比古が左右に目を走らせた。不審者は発見出来なかったが、微かな場の揺らぎを五十里と幹比古は感じ取った。

 

「……やっぱり護衛を付けようか?」

 

 

 空間的揺らぎではなく、五十里の顔に浮かんだ揺らぎによって達也の指摘が思い込みでは無い事を確認した花音がそう問いかけたが――

 

「七草先輩クラスの知覚能力が無ければあれの尻尾を掴むのは難しいでしょう」

 

 

――役者がいないと暗に指摘した達也が、再び大きく首を振ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 品川のとある料亭で四十過ぎの男性と二十五、六の若者のコンビが二十歳過ぎの青年と向かい合っていた。

 

「お待たせしてしまいましたか?」

 

「いえ、我々もつい先ほど来たところです」

 

 

 青年の恐縮した態度に、最年長の男性が不要だと応えた。

 

「早速ですが周先生、例の少女がしくじったようですが」

 

「陳閣下のご懸念は理解してるつもりです。ですが彼女には此方の情報は一切教えておりませんので」

 

「ほぅ? それでよく協力者に仕立て上げましたな?」

 

「あの年頃は純粋で情熱的ですから」

 

 

 おかげでいろいろ教えてもらえましたがと言わんばかりの笑みを浮かべる周青年へ陳は少し気味悪そうな目を向けた。

 

「周先生がそう言うのであれば大丈夫なのでしょう。ただくれぐれも『万が一』が無い様に願いますぞ」

 

「心得ております。近日中に様子を見て参りましょう」

 

 

 周青年が丁寧に一礼するのを満足げに眺め、陳はテーブルの呼び鈴を振った。隣の若者、呂剛虎が自分に鋭い眼差しを向けているのに周青年は気付いていたが、微かな笑みを浮かべた彼の表情に変化は無かった。




藤原ここあさんが亡くなってしまってショックです……

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