劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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もちろん真剣勝負ではありません


達也VS柳

 達也に指摘されるまでもなく、苦しい言い分だと佐伯自身も分かっていたのだろう。彼女は声を荒げて反論した。

 

「過去ではなく、これからのことです!」

 

 

 彼女のセリフは、少々意味不明なものだった。佐伯の隣に控えている風間も、理解できていないような表情を見せている。佐伯はすぐに言葉が足りなかったことに気付いて、達也から指摘を受ける前に、早口気味に反論を続けた。

 

「貴方は先程、政府に所属しなくても国家の為に戦略級魔法を使うと言いましたね? その結果に対する責任を、個人で負うのかと言っているのです」

 

「閣下、それは順番が逆です。国家の為に戦略級魔法、マテリアル・バーストを使う際には、国家が――政府がその責任を負うという確約を得てから使います。私は国家の代わりに個人で責任を負う程、お人好しではありません」

 

 

 佐伯が達也を睨みつける。睨むだけで、彼女の口から達也を論駁する言葉は出てこない。ここに弁論の審判がいたなら、達也の勝利を宣言したに違いなかった。

 

「これまで、およそ五年間。お世話になりました」

 

 

 達也は佐伯を論破する為にここへ来たのではない。今の論戦は正直なところ、彼にとって余計な手間でしかなかった。佐伯が退役届を素直に受け取っておけば、必要ないものだったのだ。無論達也は、自分が軍から離れるのを佐伯が笑顔で認めるとも考えていなかったが。

 

「――風間中佐、大黒特尉を拘束しなさい」

 

 

 佐伯が、達也の予測した通りの命令を風間に下す。達也は佐伯が、最初からこう出るだろうと考えていたのだった。

 

「隊長」

 

 

 佐伯の命令に、真っ先に反応したのは風間ではなかった。柳少佐が、動こうとしない直属の上官に命令を求める。

 

「ーー柳、やれ」

 

 

 風間の命令で、柳少佐とその配下の兵士――兵士と下士官――が動いた。狭い室内だ。派手な魔法は使えない。いや、達也の方にはこの部屋を破壊して脱出するという選択肢もあった。だが柳たち独立魔装大隊の隊員は所属する旅団の、最高司令官の執務室に損害を与え、その主である佐伯少将を巻き添えにする可能性を恐れないわけにはいかない。彼らは自分の肉体を制御する魔法と、接触により攻撃を叩き込む魔法のみで、達也に襲いかかった。

 兵数は、柳を含め四。風間はまだ、動いていない。最初の一撃を放ったのは、柳だった。右足で踏み込み、右手を突き出す。鳩尾に向かって通常の打法より拳一つ分以上伸びてくる柳の順突きを、達也は躱しきれず左手の掌で受け止めた。

 柳の右拳が達也の左手を押し込む。その理からは正確に達也の重心軸へ向けられており、右にも左にも逸らせない。腹まで完全に押し込まれてしまわないよう、達也が左手に力を入れる。右拳と左手で圧し合ったまま、達也と柳の動きが止まった。

 そこへ柳の部下が左右から襲いかかる。達也は移動魔法で、体勢を維持したまま後退した。柳は右足をそのままに今度は左足で踏み込み、左手を突き出す。達也はその掌底突きを、躱さなかった。ブロックすることもなく、身体で受け止めた。

 柳の左掌底が、達也の右脇腹に食い込む。掌から伝わる感触に、柳は眉を顰めた。肋骨を、折った感触。柳の掌底突きは、達也の骨折を招いた。こんな簡単に攻撃が決まるとは、柳は予想していなかった。その所為で、柳の反応が遅れる。

 停滞は、一瞬にも等しい僅かな時間。だがその半秒にも満たない時間の内に、達也の右手が柳の顔面を捉える。腰の入らない、手だけで繰り出された掌底打ち。牽制にしかならないはずの一打が、柳をよろめかせ、片膝を突かせる。タネはフラッシュ・キャストによる移動魔法。達也は自分の右手を魔法で動かして、柳に一撃を食らわせたのだ。

 これは十三束鋼が得意とする魔法『セルフ・マリオネット』の部分模倣。『セルフ・マリオネット』を完全に真似できない達也が、右腕だけに限定して再現したものだ。柳の右手が離れると同時に、達也の骨折は無かったことになった。『再成』による自己修復だ。ダメージを消した達也が、柳に追い打ちをかけるべく足を踏み出す。しかし彼は、追撃を中断しなければならなかった。

 柳の部下、三人の兵士が三方向から一斉に、達也に襲いかかった。独立魔装大隊でも格闘戦能力を柳少佐が特に鍛えた小隊の隊員だ。三対一では、達也も分が悪い。完全に囲まれる前に、達也は大きく跳んで扉の前に着地した。

 

「逃がすな!」

 

 

 ダメージから回復した柳が部下に叫び、自らも立ち上がって床を蹴る。佐伯がデスクのコンソールを操作した。おそらく、扉を遠隔ロックしたのだ。扉は外開きの、見かけは木製、実は木製パネルで表面を飾った特殊鋼板製。

 達也はドアのノブに、手を掛けなかった。迫る柳に、自ら突っ込む。柳の右手が、達也の胸にあてがわれる。達也の右手が、柳の胸にあてがわれる。鏡に映したように、ではなく、撮影と同時に投影した立体映像のように、二人は全く同じ構えから同じ攻撃を繰り出した。掌から、相手の心臓に振動波を送り込む。振動系魔法を使った格闘戦技だ。威力は、柳が勝った。だが、効果に大差はなかった。




真剣だったら、部屋の中の人全員消えてなくなるし……

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