劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

2073 / 2283
比較対象がおかし過ぎるから……


闇の正体

 敵の攻撃に備えていた光宣だが、長く待つ必要はなかった。闇の中に、声が響く。鼓膜を破るような大音声ではなかったが、意識の中に無理矢理浸透してくるような、暴力的な声だ。

 その声は、明瞭な言葉ではなかった。日本語でも英語でも他のどの国の言葉でもなかった。それは、意味を直接伝えてくる「響き」だった。

 

『聞け……!』

 

 

 その声は、そう訴えているように聞こえた。

 

『拒むな……!』

 

 

 その声は、そう訴えているようにも聞こえた。だがいったい何を聞けというのか。何を拒むなと言っているのか。光宣は魔法の強制力ではなく、かき立てられた好奇心で、その声に耳を傾けた。自発的に意識を向けることで、伝わってくる意味――意思が、具体性を増す。

 

『我が声を聞け!』

 

『我らが声を聞け!』

 

 

 我、であり、我ら。その声は一人のものであり、複数のものでもあった。それだけで光宣には、この声の主がパラサイトだと分かった。

 

『我が意識を拒むな!』

 

『我らが意識を拒むな!』

 

 

 光宣はパラサイトの集合的な意識との同化を、魔法の防壁で拒んでいる。九島家がパラサイドールを従える為に開発した魔法の応用で、光宣の中にもあるパラサイトの集合的な意識に「入ってくるな」と命じてあるのだ。その魔法を解けと、この声は光宣に強要しようとしている。

 

「(術者は二人)」

 

 

 パラサイトの意識が集合的なものであるという事実とは別に、光宣に対して精神干渉攻撃を行っている魔法師が単独行動ではなく二人で連携しているということも、魔法の波動から分かった。「眼」は使えなくなっているが「手触り」で、彼は使われている魔法の性質を読み取った。

 

「(精神操作……強力な催眠術のような魔法だな、これは)」

 

 

 自分の意識を操ろうとしている魔法を、光宣はそう分析した。

 

「(一人が「眼」を塞ぎ、もう一人が暗示を掛ける)」

 

 

 このまま手探りで反撃することもできる。

 

「(まずはこの「闇」を無力化する!)」

 

 

 だが彼は今後の為に、敵の魔法を完全に破って力の差を見せつけることにした。光宣が選択した魔法は『仮装行列』。この魔法は本来、敵に捕捉されない為のものだが、既に相手が作り出した「闇」の中に囚われていても、『仮装行列』を使うことに躊躇いは無かった。

 

「(相手が達也さんでなければ!)」

 

 

 光宣には、たとえ敵の手中にあろうとも、相手が達也でなければ自分の『仮装行列』で行方をくらます自信があったのだ。それは、思い上がりではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光宣が反撃に出たのと同時に、パールアンドハーミーズ基地の一室で、同時に男性二人の声が上がった。

 

「むっ?」

 

「動いた?」

 

 

 前者はケヴィン・アンタレス少佐、後者はエリヤ・サルガス中尉の声だ。アンタレス少佐はスターズ第十一隊の隊長、サルガス中尉は同隊の一等星級隊員。二人とも精神干渉系魔法を得意とする魔法師であり、二次感染で人間から変化したパラサイトだ。パラサイトになっても、得意とする魔法は変わっていない。むしろ、得意魔法に特化傾向が見られる。

 アンタレスは多人数の精神に同一の作用を及ぼす魔法を得意としており、サルガスは標的を一人に絞って精神に強力な攻撃を加える魔法を得意としている。

 光宣の精神を「闇」に閉じ込めたのはアンタレスの魔法『ニュクス』。精神の知覚機能に干渉し、視覚情報と聴覚情報を遮断する幻覚フィールドを創り出す、アンタレスの切り札とも言える魔法だ。このフィールドに捉えられた相手は、見ても見えず、聞いても聞こえない状態に落とされる。その効果は肉体が取得する視覚と聴覚に限定されない。精神が視覚と認識する情報、聴覚と認識する情報の全てに及ぶ。その結果として、魔法師が視覚的に捉えているエイドスの情報も聴覚的に捉えている想子波動の情報も認識できなくなる。五感だけでなく、第六感以上の感覚も「闇に包まれる」のである。

 アンタレスがこの魔法で光宣の遠隔照準を封じて反撃の魔法を撃たせないようにして、安全が確保された状態でサルガスが光宣の精神の防壁を崩すのが二人の作戦だった。彼らの計画通り、光宣からの反撃はなかった。

 ところが、ここまで連れてきた少女の側を離れないはずの光宣が、病室から廊下に出て高速で移動し始めた。少なくとも、アンタレスとサルガスの魔法的知覚にはそう映った。

 光宣が連れの少女を見捨てたとは考え難い。アンタレスの『ニュクス』は個人を標的とするものではなく、物理的なエリアを対象に設定することで、そこに含まれる複数の人間を呑み込む性質の魔法だ。光宣はそれを覚って、いったんエリア外に出ることで魔法の遠隔照準能力を回復し、自分に精神攻撃を加えている魔法師に反撃するつもりだろう。――アンタレスは、光宣の行動をそう解釈した。

 

「対象に追随する」

 

 

 アンタレスは部下を危険に曝さないよう、光宣の移動に合わせて『ニュクス』の幻覚領域を移動させた。

 

「了解です、隊長」

 

 

 サルガスもまた、移動する光宣を魔法の標的として追いかけた。それが光宣の作り出した幻影だと考えもせずに。




達也を相手にした後なら、大抵の相手は雑魚キャラ……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。