劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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反撃で済んで良かったな


光宣の反撃

 光宣が『仮装行列』を発動した直後。魔法の闇が消えて、夜の闇が戻ってきた。闇を創り出す魔法が途切れたのではない。精神サイドから知覚を奪う魔法の作用エリアが光宣から外れたのだ。光宣はこの場を動かぬまま、自分の位置情報を動かした。敵もまた情報上の光宣を追いかけて、魔法の照準座標を動かしたのだった。

 この反応の早さは敵の、魔法師としての技量の高さを示している。技量が高いからこそすぐに、光宣の術中に落ちた。彼の計算通りに。

 続けて光宣は、空間を超えて、想子光を媒体とする精神干渉系魔法を放った。魔法の名称は『フォボス』。恐怖そのもののイメージを喚起する色彩を持った想子光を、相手の魔法的な視覚に直接浴びせる魔法だ。媒体を必要とせず直接恐怖を叩き込む『デイモス』という魔法もあるのだが、こちらは今のところ光宣のレパートリーに無い。『フォボス』に、致死的な効果はない。だがこの魔法を浴びた者は心理的耐久性に関係なく激しい恐怖に捕らわれ、精神が著しく衰弱する。恐怖に対する耐久訓練を受けた者も『フォボス』がもたらす恐怖から逃れることはできない。幾ら恐怖を抑えようとしても、恐怖そのものが自分の心の奥底から湧き上がってくるのだから。

 『フォボス』発動後、まず『仮装行列』を発動するまで光宣の精神防壁を攻撃していた「声」の魔法が、途切れたのが分かった。続けて、自分を閉じ込めていた「闇」の消滅を光宣は観測した。どちらの魔法も既に、光宣には何の影響も与えていなかった。彼にとっては『仮装行列』が創り出したダミーに作用していた魔法を、術者が維持できなくなったというだけだった。それを確認しただけで、光宣はこの戦いに勝利したと確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光宣が勝利を確信してた頃。

 

「アンタレス少佐!? どうされました!? サルガス中尉も、いったい何があったのですか!?」

 

 

 背もたれを倒した椅子の上で激しく身をよじり、座っていた椅子ごと床に倒れた二人にスピカ中尉が狼狽した声を掛ける。彼女には、二人がいきなり痙攣の発作に襲われたようにしか見えなかった。

 

「今のは……『フォボス』か」

 

「……同感です、隊長」

 

 

 先に身体を起こしたアンタレスが、呻きながら呟く。サルガスが片手で押さえた頭を苦し気に振りながら、アンタレスの言葉に同意する。

 

「九島光宣の精神干渉攻撃ですか!?」

 

 

 スピカの叫びには「いったいどうやって!?」という疑問も含まれていた。肉眼で見えない相手に魔法を掛ける為には、情報次元で標的の「姿」を捉えなければならない。特に『フォボス』は想子光を相手に直接浴びせることで成立する魔法だ。イメージを直接叩き込む『デイモス』なら兎も角『フォボス』による遠隔攻撃の為には、情報次元経由で標的を精確に把握する必要がある。『ニュクス』により視覚を疎外された状態で、可能な芸当ではなかった。

 

『アンタレス少佐、サルガス中尉、それとスピカ中尉』

 

 

 そこへ、頭が割れそうになる程強い――「音量が大きい」ではなく――念話が三人の意識に届いた。

 

『ミスター九島。何か用ですか』

 

 

 スピカが顔を顰めながら返答する。つい先ほどまで光宣を攻撃していたアンタレスやサルガスが応えるより、自分が返事をした方が良いと彼女は判断したのだった。

 

『レイモンドも聞いていると思うから、一度しか言わない。僕には、君たちを支配下に置く意思はない』

 

 

 スピカの心臓が跳ね上がる。彼女が恐れ、アンタレスが同じ懸念を懐いたのは、まさにその可能性だった。彼女たちは、光宣の意識にアクセスできない。アクセスできないということは、干渉できないということだ。しかし光宣は、彼女たちの意識にアクセスできる。光宣がその気になれば、スピカが自分では気づかない内に、彼女の意識に手を加えることができる。

 それはあくまで「理屈の上ではできる」というだけであり、実際に一人のパラサイトが他のパラサイトの全てを支配することが可能かどうかは分からない。だが日本人の光宣に支配されるかもしれないという可能性は、USNAの軍人であるスピカたちにとって、決して無視できないものだった。

 

『だから二度と、僕の心に干渉しようとするな。僕は誰も支配しない。僕は、誰にも支配されない』

 

『……分かった』

 

 

 光宣に答えを返したのは、アンタレスだった。より正確に言うのであれば、アンタレス以外の二人――サルガスとスピカは光宣のセリフに答えを返すだけの余裕がなく、アンタレスだけが辛うじて返答できたのだ。

 

『二度とこのような真似はしない。非礼を謝罪する』

 

『謝罪を受け取ります。僕の方も、手荒な真似をしてすみませんでした。後、水波さんに手を出そうとしたら、その時点で貴方たちを屠りますのでそのつもりで』

 

 

 最後に釘を刺して、光宣の念話はそこで切れた。

 

「手荒な真似か……」

 

 

 アンタレスが苦々しく呟く。彼の声には、そしてそれを聞いていたサルガスの表情には、敗北感が滲んでいた。

 

「本当に手を出さなければ干渉してこないのでしょうか?」

 

「彼がそう言っている以上、それを信じるしかないだろう。こちらには、相手の真意を確かめる手段がないのだから」

 

 

 スピカの疑問に対して答えるアンタレスだが、その声音にも隠しようのない敗北感が浮かんでいたのだった。




下手をすれば消されていただろうし

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