劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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絵面は良いだろうけども……


深雪の涙

 達也は今や、魔法工学技術者として高い知名度を得ている。その彼が海上テロの犠牲になったというニュースは、多くのマスメディアで採り上げられた。

 小型艇『落陽丸』を襲った警備船『粟国』は、国防海軍内の過激な反魔法主義者によって乗っ取られた状態にあったのが、巳焼島警備隊の協力を得た水上警察の捜査により明らかになった。警備船『粟国』の反魔法主義者は、『落陽丸』の乗組員諸共達也を暗殺しようと企てたと自供した、と報じられている。

 また達也は『落陽丸』沈没の五分後、着ている服を血塗れにした状態で海中から引き上げられた。彼はすぐに巳焼島の病院に搬送され、集中治療室(ICU)に運び込まれた。

 達也の怪我を知った深雪が病院に到着したのは、事件発生から一時間後。ICUの窓越しに、治療カプセルの中で横たわる達也の姿を目にした深雪が泣きながら床に崩れ落ちた姿は、その映像を見た人々の涙を誘った。同時に、彼女の痛ましい姿を隠し撮りしたばかりか、それを放映したマスコミに対して「無神経だ!」という激しい非難の声が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七月二十日、午後九時。巳焼島の地下には、偵察衛星や成層圏プラットフォームの監視を掻い潜って海中に出ることができる、地底港とでも呼ぶべき秘密施設がある。今、その水際に、無傷の達也が飛行装甲服『フリードスーツ』を着て立っていた。

 達也の真の力を知る者にとっては、意外でも何でもないはずだ。彼が先天的に使える二つの魔法の内の一つ『再成』は、自他問わず、生物・無機物を問わず、あらゆる損傷を無かったことにする。怪我を治すのではない。怪我を負う前の状態に復元し、そこから怪我を負わずに時間が経過した状態を実現する、事実上の時間遡行だ。

 この魔法は「怪我をしなかった状態」を創り出すだけではない。二十四時間以内であれば任意の時点からスタートした「現在の姿」を実現する。怪我をしている途中の状態を取り出して、本来負ったはずの怪我より軽傷の状態を創り出すといった芸当も可能だ。

 警備艦の衝突により達也が重傷を負ったのは、嘘ではなかった。彼はいったん、致命傷にならない範囲に怪我の状態を書き換えて船と共に沈み、病院で処置を受けてから改めて怪我を無かったことにしたのである。

 

「達也様」

 

「達也」

 

 

 二人の少女が彼に声を掛けながら、達也に歩み寄る。深雪とリーナだ。リーナは正体がバレないよう、日中は髪と瞳を黒く、肌を小麦色に変えていたが、今は素顔に戻っている。

 

「深雪、名演技だったな。お陰で怪しまれずに……は無理だが、邪魔されずに済みそうだ」

 

 

 病院には、達也の精巧なコピー人形を置いている。ICUの外側から見る限り、決して見分けは付かないだろう。達也の『再成』を知る者は彼が入院したままという「事実」に不審を覚えるだろうが、泣き崩れる深雪の姿を見せられてICUに侵入しようとする猛者は、そうそういないはずだ。

 

「演技などではありません。私は本当にショックだったのですよ。幾ら計画されていたこととはいえ、血塗れになったお姿を見せられて、私が平気でいられるとお考えでしたら大きな誤解です」

 

「……すまない」

 

「怪我をしてみせることが効果的だったのは分かっています。入院しているということにしておけば、色々と都合が良いというのも理解しております。ですが、もう……」

 

「分かった。二度とこんな策は使わない」

 

 

 深雪の目に滲む涙を見て、達也は慌てて約束した。深雪がもたれ掛かるように、弱々しい勢いで達也の胸に顔を埋める。達也は抗わず、深雪を抱き止めた。

 

「……ねぇ。もう、良い?」

 

 

 そっぽを向いていたリーナが、しびれを切らしたように顔を逸らしたまま尋ねる。

 

「気を遣わせたな」

 

 

 達也がそう答えると同時に、深雪が彼の胸から離れた。深雪の表情は、心なしかすっきりしていた。対照的に、リーナはやり切れないという顔だ。

 

「……で、行くのね?」

 

 

 ついつい愛想の無い言い方になったのは、リーナも達也の胸に顔を埋めたかったからか。だが彼女がこうして見送りに来たのは、深雪のお付き合いではない。

 

「ああ、予定通りだ」

 

「そう……。達也なら心配要らないと思うけど、気を付けて」

 

 

 そのセリフとは裏腹に、リーナの声音は不安を隠せていない。

 

「達也様。無事のお戻りを、お待ちしております」

 

 

 続いて深雪が、達也を一心に見詰めながらひたむきに言葉を紡ぐ。深雪の祈りに、達也は誓いで応えた。

 

「約束しよう。お前に笑顔で迎えてもらえるよう、無傷で戻ってくる」

 

「……私は?」

 

 

 無視された格好のリーナが不平を鳴らす。

 

「俺のことは心配要らない。そうだろう?」

 

「し、心配なんかしてないわよ!」

 

 

 ニヤリと笑う達也に、リーナは顔を赤くして言い返した。達也と深雪が、同時にクスリと笑う。リーナとしては不本意だろうが、一時の別れが湿っぽいものにならなかったのは彼女のお陰だろう。

 

「では、行ってくる」

 

 

 達也は完成したばかりの大型エアカーに乗り込んだ。定員が四人に増えただけでなく多くの戦闘用装備を搭載したSUVタイプの車輛だ。運転席に座った達也が、背が低いSUVの外見を持つ大型乗用車を発進させる。エアカーは十メートルほど水上を走った後、深雪とリーナに見守られながらゆっくりと水中に沈んだ。




まぁ、無神経だよな……

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