劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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やっぱり黒幕はこの人


事件の真相

 達也が操縦するエアカーは水中を東へ約五十キロ進み、海上に出た。そこから低空飛行に移行する。この新型エアカーの特徴は定員、可搬重量が増えたことよりも、ステルス性能の向上にある。恒星炉にも組み込まれている人造レリックの魔法式保存機能により、低出力でありながら高性能の音波遮断・電磁波迷彩魔法が、搭乗している魔法師の技量に依存せず、最大十二時間連続で発動される。低出力とは、低い事象干渉力でも所定の効果を発揮するという意味だ。それは魔法を探知されにくいということにもつながる。新型エアカーは音、光、熱、電波、磁気による探知のみならず、想子センサーにも捉えられにくい性能を有している。

 ただこの車も、万能の乗り物ではない。宇宙飛行と水中航行の能力が付録的な機能である点は、第一世代の二人乗りと変わらない。幾らステルス性が高いといっても、空中よりは水中の方が発見されるリスクは低い。にも拘わらず達也が低空飛行に切り替えたのは、長時間の潜航が車輛にどんな悪影響を及ぼすか、はっきり分かっていないからだった。

 空を行くこと約五分、予定されたランデブーポイントに、その巨体は浮かんでいた。USNA海軍が密かに誇る原子力潜水空母『バージニア』。何故「密かに」なのかと言えば、この潜水艦が国際条約で禁止された原子炉搭載戦闘艦だからだ。『バージニア』の外殻上部が左右にスライドして開き、フライトデッキが現れる。達也はエアカーをそこに降ろした。駆逐艦『マシュー・C・ペリー』は囮だ。

 ワイアット・カーティスが約束した北西ハワイ諸島への渡航手段は、この原潜空母だった。艦外殻のスライドハッチが閉まっていく。デッキクルーの指示に従って、達也はエアカーを格納庫に進ませた。クルーからOKサインが出て、達也はエアカーを降りる。そこへ歩み寄る、二つの人影。

 

「達也君、上手く抜け出せたようだね」

 

 

 達也に話しかけたのは、堤奏太を従えた新発田勝成だった。彼らは警備艦『粟国』を乗っ取ったテロリストを制圧した後、救助活動を行っていたUSNA駆逐艦のクルーに紛れて『マシュー・C・ペリー』に乗艦。そこから駆逐艦搭載ヘリで『バージニア』に連れてきてもらったのである。

 

「勝成さん。来てくださって心強く思います」

 

「君を一人で外国の艦船に乗せられないよ。相手を信頼しているとか信頼していないとかではなく、君は四葉家にとってそれだけ重要な戦力だということだ」

 

「分かっています」

 

 

 勝成が新発田家の戦闘魔法師を引き連れて達也を北西ハワイ諸島へ運ぶUSNAの艦船に乗り込むのは、あらかじめ計画されたことだった。理由は勝成が言う通り、万が一にも達也を四葉家以外の手に渡さない為だ。阻止対象には本人の意思による亡命も含まれる。

 深雪が日本に残っている限り達也が亡命などするはずはないのだが、それが分かっていない者も一族の中にはいる。勝成の派遣は達也の身を守るというより、この作戦に反対する声を黙らせる為のものだった。

 とはいえ、援軍としての性格が皆無ではない。勝成たちの任務は「達也を四葉家以外の勢力に渡さない」ことだ。ミッドウェーやパールアンドハーミーズで達也が米軍の手に落ちるような事態が起これば、勝成が率いる新発田家の魔法師部隊は達也の救出に向かう。何より「孤立していない」ということには大きな意味がある。

 

「作戦終了まで、よろしくお願いします」

 

「こちらこそ」

 

 

 達也が頭を下げ、勝成も会釈でそれに応じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後十時過ぎ、四葉本家。薄手のナイトウェアにガウンを羽織った真夜は、私室で葉山から報告を受けていた。

 

「達也様は無事、勝成様と合流されました」

 

 

 真夏にも拘わらず三つ揃えをきっちり着込んだ葉山が、テレパス同士の通信により受け取ったばかりの情報を真夜に伝える。

 

「そう。国防軍の目を上手く誤魔化せたかしら」

 

「少なくとも、表立った介入は防げるのではないかと存じます」

 

「だったら、小細工した甲斐もあるのだけど」

 

 

 今日起こった事件の演出家である真夜が、ブランデーを香りを付けた紅茶を一口飲んで呟く。警備艦『粟国』に反魔法主義者を乗り込ませたのも、『落陽丸』に体当たりさせたのも、真夜が意識操作を得意とする配下の魔法師に指示してやらせたことだ。達也の入院も泣き崩れる深雪の盗撮報道も、筋書きを書いたのは真夜だった。

 

「ところで『粟国』に乗ってもらった反魔法主義の軍人さんたちはどうなりました?」

 

「国防軍が引き渡しを要求しております。警察は抵抗しておりますが、数日中に身柄が移されることになるでしょう」

 

「そしてテロを起こした軍人さんたちは軍の取り調べを受ける前に、覚悟を示す為に自決するのね」

 

「その予定でございます」

 

「佐伯閣下が介入してこないかしら?」

 

「海軍の不祥事ですので。陸軍の閣下が手を出そうとされても、手続きに時間が掛かるかと存じます」

 

「では、スケジュールを早めましょうか。そうねぇ……。まず警察には、さっさと犯人を手放してもらいましょう」

 

「かしこまりました。その様に取り計らいます」

 

「えぇ、お願い」

 

 

 恭しく一礼する葉山に、真夜は艶然と微笑み頷いた。




達也の魔法があってこその作戦ですね

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