昼食時の学生食堂と言うのは、魔法科高校だからといって他の高校と様子が変わるわけでもなく、無秩序なざわめきが重なり合って一つの喧騒を作り出している。
しかしそのカオス空間の一部が突如として一つの秩序を作り出した。入り口付近の一角が一瞬シンと静まり返り広い学生食堂のほんの一角とはいえ場の雰囲気を変えてしまった。
そんな圧倒的な影響力を振るったのは、最近達也の周りに女子が増えた事によってますます美貌に磨きをかけた深雪だった。すれ違い行き交う人々の注意を例外なく浴びながらもまったくその視線を気にした様子も無く深雪は真っ直ぐ迷い無く達也の待つテーブルへと向かう。深雪の後ろには少し居心地の悪そうなほのかと、そのほのかを眺めている雫も続いた。
「お兄様、お待たせしました」
「すみません達也さんに場所取りなんてさせてしまって……」
「気にしなくて良い。誰かがやらなきゃいけない事だからな」
ほのかが恐縮してるのを見て、達也は普段より明るい声でそう言葉をかけた。その態度にほのかはほんのりと頬を赤く染め、深雪と雫は少しつまらなそうな表情を浮かべた。もちろん深雪の表情の変化も雫の表情の変化もほんの少しなので周りの有象無象にはわからなかったのだが、達也にはその若干の変化でも気付けるだけの観察力が備わっているのだ。
達也たちが場所取りをするのは決まってる事では無く、その逆もありえるのだ。だが深雪が場所取りをしてる時には周りには無謀な事だと分かっていても声をかける男子たちが溢れているので、達也はそこに行く事を避ける場合があるのだ。だが深雪が達也が居る場所に来ないという事は無い。ほのかと雫は気にしながらも達也の待っている場所に向かうのに、深雪だけが行かないなどという事はありえないのだ。
「あっ、深雪さん。来てたんですか」
「今来たところよ、美月」
深雪たちがテーブルに着いたのとほぼ同時に食べ物を取りに行っていた美月と幹比古が戻ってきた。
「じゃあ行ってくる」
腰を下ろした美月と幹比古にそう告げ、達也は立ち上がり深雪、ほのか、雫を引き連れて配膳台へと向かう。美少女三人を引き連れている達也に嫉妬の視線を向ける男子と、達也にくっついて歩いてる深雪やほのか、雫に羨望の眼差しを向ける女子、二種類の視線が四人に向けられていた。もちろん何かしようという猛者はこの学生食堂には居なかったのだが。
配膳台でランチを受け取りテーブルに戻ってきた四人を迎えたのは美月と幹比古の二人だけだったのにほのかは首を傾げながら達也に問いかけた。
「エリカと西城君はまだ履修中なんですか?」
それほど気にしてる様子では無かったが、それは全員が必ず学食に揃って昼食を摂るのが常では無いからだ。ここ数日は達也が舞台装置作りに忙しくて学食には顔を見せてない状況が続いていたのだ。
「ああ、あの二人なら今日は多分休みだよ」
達也の思いがけない回答にほのかの目がキラリと光ったように深雪には見えた。
「えっ、二人一緒にですか?」
「二人揃って」
達也はほのかが何を誤解したのか、彼女が何を期待しているのかを瞬時に理解し、その上で人の悪い笑みを浮かべながら少し言い回しを変えて頷いた。
「意外……でもないかな?」
普段感情をそれほど表現する事の無い雫も、口調は淡々としたものだが目付きは興味津々なのを隠せていなかった。もちろん達也相手だから隠せていないだけで、幹比古や美月には雫が興味津々だという事はバレていない。
「えっ。そうなんですか!?」
「美月、貴女が私たちに訊いて如何するの」
エリカとレオと同じクラスである美月が目を丸くしたのを、深雪が苦笑いを浮かべながら反論した。二人のクラスメイトである美月の方が深雪たちよりもエリカとレオの関係に詳しいはずなのだから、深雪の言い分は当然だった。
「あうぅ……そうですよね」
困惑した美月は助け舟を求め目を泳がせ――
「「「………」」」
「えっ? いや、特にそんな素振りは無かったと思うけど……」
――申し合わせたように女子四人の目が幹比古に集まった。
焦りながらも幹比古は自分の考えをはっきりと答えた。
「そういえば、昨日は二人で帰ってたな」
幹比古の答えで少し場が収まったところに、達也が再度燃料を投下した。その言葉にはしゃぐ三人を横目に、深雪は少し生暖かい目を兄に向けた。
「(お兄様、もしかしてストレスが溜まってるのですか?)」
視線でそう問いかけられた達也は、さりげなく深雪から視線を逸らした。
「でもエリカちゃんとレオ君、本当に如何して休んでんでしょう?」
「そうだよね。あの二人に限って急病って事も無いだろうし……」
一旦は沈静化した様に見えた『二人が一緒に休んでる疑惑』は、全員のトレーから食べ物が無くなると再熱した。
「それは言い過ぎと言いたいところだが、同感だな。昨日まで体調を崩してる様子は見られなかったし」
幹比古と達也は揃って「病欠ではない」と言う結論の模様。
「もちろん偶然って可能性もある訳ですけど……」
「偶然じゃない、という可能性もあるよ」
「それはそうだけど……」
ほのかのセリフは達也に向けられたものだったのだが、それに応えたのは雫だった。可能性を可能性で返されて、ほのかは話しかける相手を達也から雫へと変えた。
「そもそも『偶然じゃない』というイベントが起こりうる仲なのかしら、あの二人?」
「起こってもも不思議じゃないと思うけど……」
雫に視線で『如何思う?』と問われた美月は、慌てながら返事をする。
「わ、私もそう思います」
「でも仮に二人が今一緒に居るとして……いったい何をしてるのかしら?」
深雪が小首を傾げながらつぶやいた言葉に、美月と幹比古が時間差で顔を赤らめた。
「……二人共何を想像したのかしら?」
「い、いえ! 何でもありません」
「えっ、そうなの! なんでもないの!」
「……まぁ良いけど」
互いに分かりやすい反応を見せた二人にやれやれとため息を吐いて、深雪は達也へと視線を向けた。
「そうだね……仮定の上に想像を重ねた根拠も無い意見だけど……案外レオがエリカにしごかれてるんじゃないかな」
「フフッ、ありえそうですねそれ」
冗談だよと念押しするようにウインクして見せた達也に、深雪の口元が綻んだ。仲の良さそうな二人を見て、ほのかと雫がムッとした顔を一瞬見せたのだが、達也が二人に視線をズラすと慌ててその表情を消した。
「美月と幹比古が想像したような事は無いと断言は出来るけどな」
「なっ!?」
「僕たちは別に『おかしな事』を想像してないよ!?」
「俺は何も言ってないが?」
人の悪い笑みを浮かべる達也の後ろでは、深雪が面白そうな顔をしていた。美月と幹比古は揃って居心地の悪さから身体を縮込ませたのだった。
幹比古と美月の思考回路が同じ……