劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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ある意味模範解答


将輝の回答

 戦略級魔法師に関する話が再開されたのは、三十分前後が経過した後だった。佐伯の前には制服姿の将輝と、サマードレス姿の劉麗蕾が座っている。劉麗蕾が大亜連合の軍服姿でないのは、本人が遠慮した結果だ。サマードレスは、茜から借りてきた物である。茜はついて来ていない。劉麗蕾が金沢基地に対して破壊工作を行う可能性に備えるなら、『神経攪乱』の遣い手である茜を同行させただろう。少なくとも一条家の面々は、剛毅も将輝も母親の美登里もその懸念は無いと考えているようだ。もっとも、劉麗蕾が少しでも怪しまれるような真似をしたなら、佐伯の護衛である木戸大尉が躊躇なく銃を抜くに違いない。

 佐伯が将輝と麗蕾に交互に視線を送り、一度視線を落とした。その際に麗蕾が身動ぎをしたのは、自国ではない軍人に見られることに抵抗を覚えたからだろう。以前は小松基地で生活していたが、あの時は茜が付きっ切りだったし、佐伯のようにあからさまな敵意の篭った視線は向けられていなかった。だからかは分からないが、麗蕾は少し将輝との距離を詰めて座り直した。

 そんな光景には興味を示す事は無く、佐伯にとっては二度手間だが、彼女は剛毅に行ったものとほぼ同じ説明を、将輝と劉麗蕾に対して繰り返した。

 

「……閣下の仰ることは理解できます」

 

 

 佐伯の話を聞き終えた将輝は、意見を促されてこう答えた。

 

「魔法師に対する人々の不安を軽減する為の手を打たなければならないという佐伯閣下の御意見には同意します。それに元々『海爆』を自分の独断で使うつもりはありませんので、あの魔法の使用に政府の許可が必要ということになっても、自由を制限されるとは思いません」

 

「では、将輝さんは戦略級魔法の管理に同意していただけるということですね?」

 

「はい。ただ私の進路については当面、魔法大学に進学するつもりですので、国防軍に仕官するかどうかは保留にさせてください」

 

「それで十分です」

 

 

 将輝の答えを聞いて、佐伯は満足げに頷いた。

 

「劉少尉は如何ですか?」

 

 

 将輝の同意が得られたことで、今日の佐伯の目的は達成された。佐伯は劉麗蕾がいずれ大亜連合に帰国すると考えていたので、ここで彼女の意思を問うことに意義を覚えていない。佐伯の劉麗蕾に対する問いかけに、「ついで」以上の意味は無かった。

 

「私は将輝さんの言う通りで結構です」

 

「……それは、戦略級魔法の管理に賛同していただけるということですか?」

 

 

 しかし劉麗蕾の回答は予想だにしなかったもので、佐伯は聞き返さずにいられなかった。亡命してきたばかりの他国の戦略級魔法師が、誕生したばかりの戦略級魔法師の言う通りに行動するなど、少なくとも佐伯の常識の中ではあり得ないことだったからである。

 

「将輝さんがそうすべきだと言うのであれば、私はその通りにします」

 

 

 劉麗蕾の答えは、またしても佐伯の意表を突いた。佐伯は思わず視線を動かして、将輝を凝視した。将輝は、無言で狼狽していた。顔が引き攣り、瞳がせわしなく左右に動いている。

 

「(この程度で動揺するとは、精神面では未熟と言わざるを得ないようですね)」

 

 

 佐伯が誰と比べて未熟だと思ったのか、佐伯の心の裡を覗ける人間がいたらすぐに分かるだろうが、生憎この場には読心術の遣い手はいないし、佐伯の表情からはそのようなことを考えている雰囲気すらうかがえないので、そのことを指摘する人間はいなかった。

 

「――念の為にうかがいますが、将輝さんから日本に帰化して国防軍に仕官すべきだと勧められたら、劉少尉はどうされます?」

 

「将輝さんの言う通りにします」

 

 

 考える素振りもなく即答だった。劉麗蕾の答えを聞いて笑い声が上がった。それまで笑い出すのを堪えていた剛毅が、ついに抑えきれなくなったのだ。

 

「いやはや、愚息には意外と甲斐性があったようだ」

 

「親父!」

 

 

 将輝が慌てて剛毅を黙らせようとする。その御蔭なのかどうか、剛毅の発言はすぐに真面目な方向へ転換した。

 

「国防軍のお世話になるかどうかは、本人たちも言っているように魔法大学を卒業するまで保留にしましょう。一条家の家督は、いざとなれば娘に継がせます」

 

 

 以前将輝と深雪を婚約させようとした時にも使った表現だが、今回は将輝も慌てた様子は見せない。それは慣れたからというわけではなく、深雪を相手にするという妄想をしていない分、冷静に父親の発言を受け容れられたのだろう。

 

「さて、お答えすべきことは全てご回答申し上げたと思いますが」

 

「はい。満足のいくお答えに感謝します」

 

 

 剛毅が腰を浮かせると、佐伯もそう言いながら腰を上げる。将輝と劉麗蕾が、二人に遅れないよう急いで立ち上がった。

 

「本日はわざわざご足労いただきありがとうございました。我々も石川に足を運んだ甲斐がありました」

 

「それは結構。もし次があるのなら、もう少し余裕をもった連絡をいただきたいものですが」

 

「えぇ、次があるのであれば、そうさせていただきます」

 

 

 剛毅と佐伯の間に流れる不穏な空気に、将輝は表情を曇らせ、麗蕾はそっと将輝の背後に隠れるのだった。




麗蕾が完全に堕ちてますね

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