劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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敵対して勝てると持ってるのが不思議だ……


目の敵

 深雪がICUモニター室に戻ると、リーナが「どうだった?」と尋ねてくる。

 

「了解してもらえたわ。特に条件は付けられなかった」

 

 

 深雪の答えに、リーナは驚きを露わにした。

 

「えっ? でも真由美の七草家って、四葉家のライバルなんでしょ?」

 

「敵対しているわけではないけど、味方でもないわね」

 

 

 深雪の平然とした態度を見て、リーナはますます不安に駆られたようだ。

 

「それって大丈夫? 達也の入院がフェイクだってバレたら、まずくない?」

 

「大丈夫よ」

 

 

 そう言って、深雪がリーナに微笑んでみせる。

 

「深雪……。何だか凄く、人が悪い笑顔になっているわよ」

 

「失礼ね」

 

 

 こめかみを引きつらせたリーナは、深雪は特に怒っている風でもない声音で応えた。

 

「確かに偽装入院だということが漏れたら困ってしまうけど……。先輩なら大丈夫よ。丁寧にお願いすれば、黙っていてくれるわ」

 

「……ウン、そうね。きっと、そう」

 

 

 笑みを深めた深雪に、リーナは自分に言い聞かせるような口調で呟く。まるでこの話題を続けるのも恐れているような態度だ。深雪はリーナの不自然な挙動を気にした素振りもなく、管理事務所に電話を掛けて五人分の客室を手配した。

 

「なに? さっきから口調がおかしいわよ?」

 

「べ、別に何でもないわよ。ところで、真由美やほのか、雫たちは達也の『再成』のことを知っているんじゃないの? 説明してあげれば良いじゃない」

 

「それはこっちに来てもらってからの方が良いのよ。電話は盗聴される可能性もあるから、ほのかは兎も角先輩はそう考えている可能性もあったから」

 

「なるほど……」

 

 

 盗聴の可能性を失念していたリーナは、ようやく腑に落ちたというような表情で頷き、それ以上余計な口を開くことはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 金沢基地から途中、統合軍令部に立ち寄り、佐伯が霞ケ浦基地に返ってきたのは午後四時過ぎのことだった。司令官室に戻ってすぐ、佐伯は風間を呼び出す。日曜日にも拘わらず、風間はすぐにやって来た。

 

「中佐、司波達也が入院したというニュースは知っていますね」

 

「無論、存じております」

 

「どう思いますか?」

 

 

 デスクの前に立った風間に、佐伯はいきなり問い掛け、風間が答えた後に抽象的な聞き方をしてきた。だが佐伯が何を言いたいのか、風間は誤解しなかった。

 

「本当に重症だとは考え難いですね。達也にはあの自己修復能力があります」

 

「入院が偽装だとして、その目的は何でしょう」

 

「最も可能性が高いのは、ミッドウェー監獄襲撃のカムフラージュだと思われます。あるいは既に、出国しているかもしれません」

 

「情報部も、今回の事件には不審感を懐いていました」

 

「情報部にも立ち寄られたのですか?」

 

 

 統合軍令部と陸軍情報部の入居しているビルは徒歩圏内にある。佐伯は電話ではなく直接足を運んで情報を仕入れてきたのだろう。風間はそう思った。そこでふと、風間はある懸念を覚えた。

 

「閣下。まさかとは思いますが、達也の『再成』を情報部に教えてはいませんよね?」

 

 

 達也の『再成』は『分解』以上の秘匿事項。四葉家との契約で、そう定められていた。達也が特務士官の地位を返上した時点でこの契約は解消された。だが契約終了後も、守秘義務は残っている。法的な義務ではなく書面も残っていないが、法が及ばない世界だからこそ、信用は重い意味を持つ。

 

「……情報部は昨日の時点で調査を開始していました」

 

「潜入には、成功したのですか」

 

 

 聞いても無駄だと覚ったのか、風間は問いを重ねることはせず別のことを尋ねた。

 

「記者に変装した諜報員を送り込んだそうですが……ガードが堅くて近づけないというのが、正直なところのようです」

 

「軍の情報部が民間人に勝てないのはいささか情けない気もしますが……相手が相手です。仕方がないのでしょうな」

 

 

 他人事のように批判する風間。佐伯がムッとした表情を見せる。

 

「中佐、仕方がないでは済まされませんよ」

 

「しかし現実問題として、強制捜査はできないでしょう。客観的な状況から判断する限り、達也は被害者です」

 

「あの事件自体が不自然だとは思いませんか? 警備艦のクルーが全員反魔法主義者だったなどという状態が、偶然発生するはずがありません」

 

「ですから偶然ではなく、海軍の反魔法主義派――あるいは反十師族が計画的に起こしたテロなのではありませんか?」

 

 

 佐伯が黙り込む。彼女が納得していないのは、風間でなくても見ただけで分かっただろう。

 

「閣下……。失礼ながら閣下は達也のことを、少し目の敵にしすぎではありませんか?」

 

「目の敵になどしておりません」

 

 

 佐伯は脊髄反射と見まがう勢いで風間の指摘を否定した。風間は、口論しようとしなかった。

 

「……失礼しました」

 

「――もし司波達也の動向について何か分かったら、すぐに報告しなさい」

 

 

 佐伯は風間の謝罪に「許す」とは言わなかった。風間の指摘に対する、否定以外の反応は無い。彼女のセリフは明らかに、不都合な話題を無かったことにする為のものだった。

 

「了解しました」

 

「話しておきたいことは以上です。中佐、下がってよろしい」

 

 

 風間の答えに頷き、佐伯は彼に、許可の形で退出を命じた。




達也が手を下さなくても、真夜とか深雪とかいるのにな……

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