劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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この面子なら問題ないですしね


深雪の曝露

 七月二十二日、午前十時。ティルトローターVTOLが、巳焼島の空港に相次いで着陸する。二機が予定を示し合わせたのではなく、偶々到着時刻が重なったのだ。

 一方は北山家の自家用機で、乗っていたのは雫、ほのか、エリカ、レオの四人。もう一方は七草家の自家用機で、真由美を送り届ける機体だった。雫たち四人と真由美は同じ九人乗りワゴン車で、島の東側にある病院に案内される。達也が入院していることになっている病院だ。

 なおターミナルで真由美と顔を合わせた四人は、ほのかや雫、レオだけでなくエリカも常識的に挨拶を述べた。真由美が一高に在学中は隔意を隠そうとしなかったエリカだが、この二年で心境の変化があったようだ。――それは多分、同じ婚約者という立場が促したのだろう。

 とはいえ、五人の間に――四人と一人の間に、ぎこちなさが存在するのは否定できなかった。それは単純に、同級生と上級生の違いが生み出す壁だ。後輩組の中で真由美と最も接点がありそうなほのかでも、生徒会役員になったのは真由美が生徒会長を辞めた後だ。エリカやレオは横浜事変の折、真由美と共闘した経験があるとはいえ、その程度で同級生同様とはいかない。

 しかしそんなぎこちなさは、病院に到着してすぐに、跡形もなく吹き飛ぶことになる。リーナと共にICUモニター室で五人を迎えた深雪は、部屋の扉がロックされるのを見届けて、いきなり爆弾を落とした。

 

「達也様の御見舞いに来てください、ありがとうございます。ただ達也様は、この病院にはいらっしゃいません」

 

「ええっ!?」

 

 

 一際大きな反応を見せたのはほのかだ。他にも「えっ!?」や「はっ!?」といった異なるバリエーションで驚きを表す声が上がる。

 

「……深雪さん、どういうことだい」

 

 

 驚愕を真っ先に乗り越えたレオが、低い声で深雪に尋ねた。

 

「達也様は事件に巻き込まれて重傷を負ったのは事実です。ですが、病院に運び込まれた時には回復していました」

 

「……そうか!」

 

 

 エリカが両手を小さく打ち合わせて小声で叫ぶ。

 

「あの治癒魔法、『再成』だっけ。達也くんにはあれがあったわね」

 

 

 横浜事変の日、真由美、ほのか、エリカ、レオは、深雪から『再成』のことを打ち明けられている。雫はその場にいなかったが、後日、達也本人の許可を得たほのかから聞いていた。ましてや婚約した際に達也の魔法については説明を受けているので、この場にいる全員が『再成』の特性を知っていたはずなのだ。

 それにしては、真由美を除く全員が「達也が自分で怪我を治した」可能性を考えていなかったようで、改めて納得する表情を浮かべている。

 

「……深雪の泣き顔にすっかり騙されたわ」

 

 

 エリカの悪ぶった口調は、おそらく照れ隠しだ。だが言っていることは、全員の気持ちを代弁するものだろう。テレビに流れた、廊下とICUを隔てる窓と壁に縋りついて泣き崩れた深雪の姿には、疑いを許さないインパクトがあった。

 

「騙しただなんて、人聞きの悪いこと言わないで」

 

 

 深雪の抗議は、拗ねているというより恥ずかしそうなものだった。

 

「あーっ、確かに」

 

 

 あの時、姿を変えて病院にいたリーナが「そういえば」と言う感じの声を上げる。

 

「アレって、ウソ泣きじゃ無かったわね。怪我が治っていると分かっていたはずなのに、取り乱した深雪を落ち着かせるの、大変だった」

 

 

 五人分の視線から、深雪が目を逸らす。

 

「……達也様が全身包帯だらけでICUのベッドに横たわっておられたのよ。平気でいられるはず、ないじゃない」

 

「……そりゃそうか」

 

 

 深雪の言い訳に、真っ先に納得したのは、意外にもレオだった。

 

「頭で分かっていても心が反応しちまうことってあるよな。そんだけ、達也に対する深雪さんの想いが深いってことだろう」

 

「……レオにしちゃ、分かってるじゃない」

 

「俺にしちゃ、は余計だ」

 

 

 エリカが茶々を入れ、レオが噛みつく。それで、場の雰囲気はリセットされた。

 

「……じゃあ、達也さんは今何処に?」

 

「秘密のお仕事に取り組んでいらっしゃるわ」

 

 

 ほのかの質問に、深雪は具体的な答えを返さなかった。だがほのかの方も、重ねて問うことはしなかった。興味がないのではなく、あまり立ち入ってはいけないと自制したのだ。この場で深く踏み込んだのは、好奇心のつよいエリカではなく、真由美だった。

 

「こんなに大掛かりなお芝居をしているということは、達也くんの不在を隠さなければならないんでしょう? それを私に教えて良いの? 私は達也くんの婚約者の一人だけど、七草家の長女よ?」

 

 

 七草家と四葉家は対立している。それは十師族でなくても、ある程度事情に通じている者には公然の秘密だ。深雪もそれは、当然知っている。彼女は現当主の姪で、次期当主の従妹なのだ。

 

「達也様は七草家と対立し続けることを望んでおりません。それは先輩もご理解していると思いますが」

 

 

 もし達也が七草家と対立し続けるつもりなら、真由美や香澄の婚約の申し入れを受けるはずがない。受け入れたとしても人質として使うのではないかという疑念が過り、真由美も香澄も素直な気持ちでは過ごせなかっただろう。深雪の答えには、そういった意味合いも含まれていた。




対立したところで結果は見えてるし

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