深雪の言葉を聞いて、一番驚いたのは真由美ではなくリーナだった。だが深雪はリーナの反応には興味を示さず、真っ直ぐ真由美を見詰める。
「それに、七草家の人間だからと言って特別に敵視するつもりはありません。逆にうかがいますが、先輩は達也様の不在をご家族、あるいは外部の誰かに話されますか?」
「そんなつもりは無いわ」
真由美は自分に言い聞かせるような口調で答えた。そして目を伏せ、短く間を取る。
「……そうね。私には、達也くんや深雪さんに不利な真似をする意思も動機も無い」
このセリフの後に、真由美は「狸親父の思惑なんて知ったこっちゃないし」と口の中で呟いた。
「オーケーよ、深雪さん。達也くんはICUで治療中。まだ話ができる状態じゃないけど命に別状はないし、眠っているだけで意識障碍の恐れもない。これで良い?」
「ありがとうございます」
深雪が真由美に頭を下げる。顔を上げた深雪は、真由美の次に近くにいたエリカへ顔を向けた。
「……あたしたちもそういうことで良いわ」
エリカは深雪に答えた後、振り返って「良いわよね?」とアイコンタクトで念を押す。その視線に、ほのか、雫、レオの三人は同時に頷いた。
「でも、何で?」
「何故、真実を打ち明けたのか、という意味かしら?」
雫の質問の、省略された部分を深雪が反問する。
「秘密は、知る者が少ないほど守られる」
雫はそういう表現で、質問の意図を表した。
「そうとは限らないのではないかしら」
「どういうこと?」
深雪が首を横に振り、雫が首を傾げる。
「人を拒む態度は疑惑を煽り、秘密を暴き出そうとする熱意を加速してしまう。一切人目に触れないように世間から隔離できるのならともかく、そうでない秘密を守り続けるのは無理とまでは言わないけど、難しいと思うの」
「バレても良いと思ってる?」
「まさか、政府にも軍にもマスコミにも、達也様の邪魔はさせない」
深雪は声を荒げたわけではないが、強い意思を匂わせる口調に、雫が忙しなく瞬いた。
「私、こう思うのよ。秘密を守り続けるよりも、嘘を信じさせる方が簡単なのではないかって」
「何故?」
深雪の説明を聞きたがっているのは、雫だけではなかった。真由美、ほのか、エリカ、レオはともかくとして、リーナまで興味津々の眼差しを深雪に向けている。リーナには昨日も話したはずだけど、と思いながら、深雪は失笑を零したりはしなかった。
「だって秘密を守り続ける為には『そんなものはない』ってあらゆる人に信じさせなければならないけれど、嘘は何人か、せいぜい何十人にか信じてもらえば、後は勝手に広まっていくでしょう?」
「深雪……昨日も思ったけど、アナタ、人が悪いわ」
「そうかしら? 嘘を吐かない人なんて、世界中どこにもいないと思うけど」
リーナの呆れ声に、深雪は涼しい顔で反論する。リーナも含めた六人は心の中で「そういう問題じゃない」と呟いていた。
「……つまり深雪さんは俺たちに、『嘘を信じた人』になって欲しいのか」
レオが納得顔で、独り言のように「正解」を口にする。
「積極的に『嘘』を広めて欲しいわけではありません。ただ誰かに聞かれた時に、達也様は入院中だと答えていただければ、と思っています」
深雪の答えはレオだけを相手にしたものではなかった。
「もちろん、良いよ」
真っ先に応えたのはほのか。エリカ、レオ、雫、真由美も次々に承諾の言葉を返した。
「でもほのか、大丈夫?」
「何が?」
快諾したすぐ後だというのに、雫はどこか不安そうな表情でほのかに問いかける。ほのかは質問の意味が分からずに首を傾げて雫に質問の意図を問うた。
「だってほのかって表情に出やすいから。嘘を吐くことに抵抗を覚えて、視線が泳いだりするんじゃないかなって」
「そんなことないよ。達也さんの為なら、たとえ雫のご両親相手だろうと嘘を吐くよ」
ここで自分の両親ではなく、北山夫妻と答える辺りにほのかと両親との間に溝があることをうかがわせているのだが、誰もそのことを指摘することはしなかった。
「先輩も、香澄ちゃんが心配しているかもしれませんが、嘘を広める人を増やし過ぎると、かえって真実を暴かれてしまうかもしれませんので」
「分かっているわ。香澄ちゃんにもさっきの嘘――達也くんは入院中で、意識障碍の心配は無いけど眠っているって言っておくわ」
「お願いします」
香澄に教えたらそのまま泉美の耳にも入るかもしれない。そうなれば七草家の――弘一の配下の耳に入るかもしれない。そうなってしまっては偽装の意味がなくなってしまうということは真由美にも理解できるので、同じ婚約者であっても香澄にも教えられないということは、深雪に言われるまでもなく分かっていた。
「美月や幹比古も心配してたが、とりあえずは深雪さんの言う通りに伝えておく」
「お願いします」
「まぁ美月も襲われたばかりだし、ミキの関心も美月に向けられているから、達也くんが病室にいないかもしれないなんて疑わないでしょうけどね」
「そうだと良いのだけど」
美月はともかく、幹比古は勘の鋭い面があるので、はたして嘘を信じてくれるのか、そこだけが不安の深雪だった。
深雪の意図はしっかりと伝わった