劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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その努力を別の方向に使えれば……


工作員の動向

 達也が入院していることになっている病院は、昨日の盗撮報道騒ぎで関係者以外立ち入りできなくなった。面会も、あらかじめ許可を受けた者でないとできない仕組みだ。マスコミは例によって「報道の自由」を振りかざしたが、今回、世論は病院の味方だ。「泣き崩れる美少女」のインパクトが強烈すぎたということだろう。実態はともかく、表面的にはテレビ局の自爆と言える。

 もっとも、マスコミがそう簡単に引き下がるはずもない。彼らにとって「報道の自由」は全てに優先されるべきものだ。禁止されるとますます闘志を燃やす――というのは言い過ぎか。とにかく、新聞もテレビも取材を諦めていなかった。そして潜入を試みる記者やカメラマンの中には、複数の情報機関から派遣された諜報員が多数紛れて込んでいた。

 

 

 

 

 

 巳焼島の沖合に浮かぶ中型クルーザー。持ち主は全国ネットのテレビ局だが、乗っているのは陸軍情報部の諜報員だ。軍がテレビ局の船をシージャックしたわけではない。大手テレビ局の下請に情報部が入り込んでいるのだ。無論、テレビ局側はそれに気付いていない。

 

「首尾はどうだ」

 

 

 島から離れるまで沈黙を守っていたこのチームのリーダーが、同様に口を閉ざしていたメンバーに成果を尋ねる。

 

「駄目です。潜入は困難と言わざるを得ません」

 

「ハッキングもこれまでのところ、目途が立っておりません」

 

「病院関係者に接触することすら難しく、協力者の確保には時間が掛かりそうです」

 

 

 次々と返される芳しくない報告に、リーダーが顔を顰める。

 

「あの病院のセキュリティは異常ですね。他の機関も、足掛かりすら見つけ出せていないようです」

 

 

 他の情報機関の動向を見張らせていたメンバーの報告に、リーダーは「せめてもの慰めか」と呟いた。リーダーが窓の外に目を向けた。西の空を覆う雲に遮られて夕日は届かない。日没にはまだ時間があるが、既にあたりは暗くなっている。台風は西寄りの進路を取っており昨日よりむしろ遠ざかっているが、波はますます荒くなっている。

 

「まだ二日だ。白旗を上げるには早すぎる」

 

 

 リーダーがラウンジに集まったメンバーの顔を一人一人順番に見回しながら、強い口調で告げる。

 

「いったん、三宅島の宿に戻る。だが今夜の天候次第では、夜間の出動もあり得る。各自、そのつもりで行動せよ」

 

 

 リーダーの声にメンバーが声を揃えて「了解」と応えた。全員が席を立ち、それぞれの持ち場に散る。クルーザーは西方およそ五十キロの三宅島に向けて発進した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方になり、真由美やほのかたちは島の東側に用意したゲストルームに移っている。今、病院に残っているのは深雪とリーナの二人だけだ。

 

『陸軍情報部のクルーザーが三宅島に向けて発進しました』

 

 

 その深雪の携帯端末に、巳焼島の海上警察から報告が入った。――この島の警察は、表向きの身分としては公務員だが、構成員の全てが四葉家配下の魔法師で固められている。

 

「分かりました。手出しは不要です」

 

『了解しました。引き続き、監視に留めます』

 

 

 素っ気ないとも思える程、電話はあっさり切れた。これが自分を軽んじてのことではなく、盗聴を防止する為だと深雪も知っているので、特に気分を害することはない。

 

「深雪、何だって?」

 

 

 ICUモニター室に同席していたリーナが深雪に尋ねる。自分と同じ年の少女に大人たちが指示を仰ぐ状況に、リーナが疑問を覚えている様子はなかった。

 

「陸軍の船が隣の島に向かったそうよ」

 

「陸軍が船で、ねぇ……。大変ね、日本の軍人は」

 

「日本にも海兵隊はあるのよ。陸軍の中に、だけど」

 

「じゃあその船はマリーンの?」

 

「いえ、違うでしょうね。動いているのは情報部の人たちでしょうから、海兵隊の船ではないと思うわ」

 

「あら、セクショナリズムの弊害はステイツも日本も同じなのね」

 

「同感よ」

 

 

 呆れ声のリーナに、深雪は笑顔で頷く。――笑顔と言っても苦笑いの類だ。

 

「これでエージェントは全員いなくなったのかしら?」

 

 

 口調を改めて尋ねるリーナに、深雪は真顔で「いいえ」と首を横に振った。

 

「新ソ連の工作員が、まだ沖で頑張ってるみたい」

 

「オゥッ! もうすぐハリケーンが来るのに、ガッツがあるのね」

 

 

 日本ではなかなか見かけないリアクションに、深雪は思わず笑みを零した。

 

「ハリケーンじゃなくて台風ね。それに天気予報では、台風が接近するのはまだ二日先よ」

 

「明後日なんてもうすぐじゃない」

 

 

 笑みを消して訂正する深雪に、リーナも真顔になって反論する。深雪は「今晩台風が来るわけじゃない」と言いたかったのだが、確かに明後日台風が来るのは「もうすぐ」だ。

 

「……そうね」

 

 

 深雪が苦笑いしつつ認めると、リーナは得意げな表情を見せた。

 

「それにしても、達也が大怪我をしたってだけで各国のエージェントが動くなんて……さすがは四葉家次期当主と言うことかしら?」

 

「それだけではないはずよ。達也様は今や、世界中の魔法師から注目される研究者ですもの」

 

「恒星炉プラントの責任者にして、新戦略級魔法の共同開発者ですものね」

 

「達也様にとって、後者は不本意でしょうけどもね」

 

 

 吉祥寺が馬鹿正直に発表したことで、達也の注目度は跳ね上がってしまっている。深雪にとってはそれが当然だと思えるのだが、達也が頭を抱えているのを見ているので、堂々と喜べない状況なのだった。




肩書も凄いよな、達也って……

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