劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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さすがにやっちゃうのは……


警備兵の倒し方

 屋上に降り立った達也に銃口が向けられる。短い銃身はパーソナルディフェンスウェポンか。建物を警備する兵士だから、威力よりも取り回しを優先するのは合理的な選択だ。もっとも達也を相手取る場合は、多少威力が高くても意味はない。

 銃弾が発射されるよりも早く、銃自体がバラバラになって屋上の床に飛び散った。思いがけない事態に二人の兵士は硬直したが、すぐに腰のホルスターへ手を伸ばす。しかし彼らより速く、達也は腰から拳銃形態のCADを抜いて兵士に向けた。シルバー・ホーン・カスタム『トライデント』。達也が引き金を引くと同時に、二人の両手両足、その付け根に穴が開く。兵士たちがくぐもった悲鳴を上げながら、仰向けと俯せに、別々の向きに倒れる。彼がスーツ内蔵のCADではなく『トライデント』を使ったのは、監視カメラを意識してのことだ。

 兵士たちを無力化した傷は、見えない銃弾が通り抜けた跡のようにも見える。黒尽くめの、顔を隠した侵入者の魔法はそういうものだと印象付ける為に。達也は「見えない銃弾」のイメージと結びつきやすい拳銃形態のCADを用いているのだった。

 意識を失った兵士から拳銃を一丁採り上げて、達也が屋内へ続く階段室の扉をくぐる。屋上から三階に下りる途中に待ち伏せは無かった。屋上階から一段目へ足を下ろした直後、達也は「精霊の眼」ではない五感外の認識――直感がもたらした危機認識に従ってしゃがみ込み、左手を顔の前に翳した。掌に展開した事象改変の力場が、前方の壁から飛来した銃弾を分解する。表面的な表現を見れば跳弾だが、跳ね返る音はしなかった。

 しかし達也は、驚きも疑問も覚えない。彼は弾丸を分解すると同時に、敵が発動した魔法の性質を読み取っていた。銃弾に、ちょうど弾丸を覆うサイズの反射力場が付与されていたのだ。特定の物質にのみ反応してゴムボールのように跳ね返る性質を与える魔法。設定されている反応条件は、壁と天井に使われている石膏ボード。片膝を突く恰好で身を低くした達也のすぐ横で、鋭い音を立てて銃弾が跳ねる。間を置かず、今度は彼がいる場所の一段下に着弾した。どうやら照準はある程度偶然に頼っているようだ。最初の一発は、ある意味まぐれ当たりか。

 四発目の弾丸は、飛んで来なかった。達也が撃たせなかった。廊下で驚愕の声が上がり、床にPDWの部品が撒き散らされる。言うまでもない。達也の仕業だ。

 敵の一時無力化を耳で確認した達也は、階段を一気に駆け下りた。敵兵は既に拳銃を手に取っている。呆然と立ち尽くしたままでなかったのは兵士として当然かもしれないが、よく訓練されているのは確かだろう。だがそれでもまだ、狙いをつける段階には至っていない。

 達也が『トライデント』の引き金を引く。最前列で拳銃を構えようとしていた三人の手足に穴が開いた。神経を断ち切る傷は現代医学を以てすれば回復可能だが、病院で治療を受ける必要があり、応急処置では手足が動くようにはならない。それ以前に、神経を分解された激痛に意識を保っていられない。たとえ失神を免れても、まともな思考力は維持できないだろう。

 戦闘力を失った同僚に構わず、二列目にいた兵士二人が大型懐中電灯のような円筒を達也に向けた。達也は、自分に向けられて照射されている想子波を認識した。単に感じるのではなく、それが何なのか理解した。

 

「(CADから出力されている起動式の読み込みを阻害する想子波のノイズか。アンティナイトの性質を模倣した対魔法師装備。だがアンティナイトより性能は落ちる)」

 

 

 達也はCADを使わずに分解魔法を発動し、想子のノイズをかき消す。ほとんど間を置かず、彼は『トライデント』の引き金を引いた。

 対魔法師装備キャスト・ジャマーで達也に想子波を浴びせた二人だけでなく、残る三人の警備兵も手足から血を吹き出してひっくり返る。達也の前に立ち塞がる者はいなくなった。彼は念の為に、警備兵全員の全身を「眼」でスキャンし、所持している全ての銃器と爆弾を分解魔法で使用不能にする。そうして達也は、カノープスが閉じ込められている部屋の鍵を魔法で斬り裂いた。右手の『トライデント』をホルスターに収める。左手には、奪った拳銃を持ったままだ。

 外開きの扉を手で開けただけで、達也は部屋に入らなかった。そのまま十秒前後が経過する。入り口から死角になっていた部屋の隅から、長身の人影が歩み出て達也と向かい合った。

 ひげは綺麗に剃られており、栗色の髪はきちんと撫で付けられている。ヘーゼルの瞳に、憔悴の色は無い。囚人という単語から連想されるみずぼらしさは皆無だった。

 

「ベンジャミン・カノープス少佐で間違いないな」

 

 

 本人であることは分かっていた。これは会話の、切っ掛けのようなものだ。

 

「そうだ。君は?」

 

「ワイアット・カーティス上院議員から依頼を受けた者だ」

 

「グランドの?」

 

 

 カノープスのセリフに達也は一瞬、意味が分からず戸惑ったが、「グランドアンクル」のことだろうととりあえず解釈しておくことにした。もしかしたら一族内で使われている尊称かもしれないが、ワイアット・カーティスのことを指しているというだけで達也には十分だった。




加減して進入できるってどんなザル警備って言いたくなるが、達也だしな……

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