劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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規格外という言葉で片づけられない戦闘力……


規格外な戦闘力

 女性だけが収容されていたビルから、特に目立った抵抗も無くアリアナ・リー・シャウラ少尉を助け出す。シャウラ少尉はアルゴル少尉と違って拘束もされていなければ眠らされてもいなかった。達也はかえって罠を疑ったが、罠が有ろうと無かろうと、やることは同じだ。

 

「車を奪う。心当たりは無いか?」

 

 

 エアカーを駐めてある場所まで、少し距離がある。三人を抱えて飛べないことはないが、機動性は大きく低下する。カノープスやシャウラがCAD無しでどの程度銃撃から身を守れるか不透明だし、アルゴルに至ってはまだ意識を取り戻していない。フリードスーツの飛行機能で脱出するのは、できれば避けたいところだ。

 

「兵器庫の前に汎用車があります。私の独房から見えていました。こちらです」

 

 

 達也が何か聞きたそうにしていたのを先取りして、シャウラは達也とカノープスを先導しようとする。

 

「待て。後ろから指示してくれ」

 

 

 しかし達也が彼女を呼び止め、追い越して自分の背後につかせた。シャウラの顔に、戸惑いが過る。初対面の自分に背後を曝す意味が分からなかったのだ。彼女は「どういうことですか」とカノープスに目で尋ねたが、カノープスは首を横に振るだけで答えを返さない。

 カノープスは達也の正体に勘付いている。達也の情報は第一級の警戒対象として彼の記憶に刻み込まれていた。だからシャウラ以上に、達也が見せる警戒感の欠如を理解できなかった。達也にしてみれば、単に「後ろも『視』える」というだけのことに過ぎないのだが。

 兵器庫の前には、さすがに警備兵がいた。約五十人。一個小隊相当だ。通常警備にしては多すぎる。おそらく、達也たちを待ち構えているのだろう。「視」たところ、かなり力の強い魔法師も混ざっていた。

 建物に遮られて物理的な視線は通っていない。だが達也だけでなく、相手もこちらに気付いているようだ。一個小隊の兵士が一斉に銃口を前に向ける。構えている武器は、武装デバイス。展開されている起動式は移動系魔法『弾道曲折』。飛翔体の軌道を一度だけ曲げる、あるいは折り曲げる魔法。主な用途は、遮蔽物の陰に隠れる敵に対する射撃。

 達也が『トライデント』を引き抜いて引き金を引く。警備兵の武装デバイスから銃弾が発射されるのと、達也の魔法が発動されるのは、同時だった。警備兵の銃弾は、折れ曲がらずに直進した。達也が「自分の前方百メートル以内の領域で発動している『弾道曲折』の魔法式」を標的にして『術式解散』を放った結果だ。武装デバイスの性質上、フルオートの射撃は無い。幾らCADで自動化されていても、使用する魔法師の処理が追い付かないからだ。三点バーストで発射された銃弾が全て直進、つまり明後日の方向へ消えて、警備兵が再び起動式を出力しようとする。

 しかし、その前に達也の魔法が発動された。約五十人の兵士が半数ずつ、僅かなタイムラグで右足の付け根から血を噴き出してよろめく。次の瞬間、左足の付け根からも同じように血を流して一斉に地面へ崩れ落ちる。さらに両腕の付け根にも細かい穴が穿たれて、一個小隊の警備兵は完全に行動力を失った。先程は加減を止める決意をした達也だが、ここで一個小隊を全滅させるのはやはり尾を引くのではないかと考え直した結果だ。

 相手が魔法師であれば手足が動かなくても反撃を受ける恐れがある。だが、その時はその時だと達也は開き直っていた。警備兵がとりあえず無力化されたのを見極めて、達也が建物の陰から駆け出す。カノープスとシャウラは、その後ろを強張った表情で付いて行く。スターズの精鋭である二人にとっても、達也の戦闘力はデタラメだった。

 シャウラが「分子ディバイダー……ジャベリン?」と呟いたのは、達也の部分分解魔法をスターズ第四隊ゾーイ・スピカ中尉が使う『分子ディバイダー・ジャベリン』と勘違いしたからだろう。確かにもたらされる結果はよく似ている。

 西の空に残光も薄れ闇に支配されつつある空の下で、達也たち四人は汎用四輪車に駆け寄った。運転席にカノープス、後ろにシャウラと、まだ目覚めていないアルゴルが乗り込む。達也は知覚に倒れている兵士たちからいくつかの武器を回収して、助手席の横に立った。

 カノープスが訝しげに乗車を促す視線を向けた先で、達也はCAD『トライデント』を兵器庫に向けた。

 

「(――無人を確認。対象物の素材情報を取得)」

 

 

 銃器や戦闘車両を部品に分解するような場合には、対象物の機械的な構造を情報として取得する必要がある。その情報量は、対象物が複雑になる程、そして大きくなる程、膨れ上がる。『再成』の場合は、対象物の構造と素材の組成情報の両方が必要になる。

 だが対象物を元素レベルに分解する『雲散霧消』の場合は、素材の組成情報だけで処理可能だ。対象のサイズや機械的な複雑さは無関係。大規模な物体を「分解」する場合は、部品に「分解」するより元素レベルに「分解」する方がむしろ、達也にとって負担は小さい。

 達也は兵器庫と、格納されている兵器の全てを対象として『雲散霧消』を発動した。三階建ての窓がない建物の輪郭がぼやけ、次の瞬間、幻のように消え去る。

 兵器庫跡に、粉塵が舞う。押し寄せる粉塵に、シャウラが慌てて車の窓を閉める。達也は素早く助手席に乗り込み、目を見開き絶句しているカノープスに「出してくれ」と声を掛けた。




兵器庫と兵器全てが一瞬で消え去ったらそりゃ、ね……

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