劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

2097 / 2283
強行という程でもない


強行突破

 監獄の敷地内と敷地外をつなぐゲートの前には、兵器庫前と同等の人数の警備兵が配置されていた。だが達也の対応は、先程とは異なっていた。

 達也がおもむろに取り出したのは、兵器庫の前で警備兵から取り上げた手榴弾だった。

 

「おいっ!?」

 

 

 焦るカノープスを無視し、達也は窓を開けて手榴弾のピンを抜く。この種の武器の取り扱い方法は、百年前とほとんど変わっていない。右手で放り投げられた手榴弾は魔法で加速され、警備兵の列に飛んでいく。敵の魔法師が手榴弾の軌道に干渉しようとするが、手榴弾を捉えた『ベクトル反転』の魔法を達也はノーアクションで「分解」した。

 魔法運用の原則として、同一の物体や現象に対して同時に複数の魔法を行使してはならないとされている。もしこの原則に反したならば、多くの場合必要となる事象干渉力が上昇して魔法師に余計な負担をもたらす上に、成功する魔法は一種類だけだ。より悪い結果として、試みられた全ての魔法が失敗に終わることも少なくない。

 正規軍のようなよく訓練された戦闘集団では、この原則が厳しく守られている。今のケースでも、手榴弾の到達を阻止する為に動いた魔法師は一人だけだ。

 その魔法が無効化された。この思いがけない展開に動揺しながらも、警備兵側はもう一度同じ魔法で手榴弾を撥ね返そうとした。一度、フォローするのが限界だった。二度目の『ベクトル反転』も達也によって無効化され、手榴弾は警備兵の頭上に迫る。しかもそれは、一個ではなかった。

 達也が兵器庫前で奪った手榴弾は四個。彼はそれを、ゲート前に横列を作って達也の乗る車の脱出を阻む構えの兵士に次々と投擲していた。

 手榴弾が警備兵の列、上空三メートルで立て続けに爆発した。鋭い破片が、兵士たちの頭上に勢いよく降り注ぐ。警備兵は片腕を頭上に翳し、しゃがみこんで破片から身を守った。

 兵士たちの視線が、達也たちを乗せた車から外れる。けたたましいクラクションの音に彼らが顔を上げた時には、小型ながらも見るからに頑丈な汎用四輪車が目の前に迫っていた。

 一列横隊を組んでいた警備兵は、反射的に四輪車の進路から逃げ出してしまう。横列を作っていた兵はゲート前に集まった警備兵の、約四分の一。残る四分の三の兵士たちが、四輪車に銃弾を浴びせる。

 しかし、達也が盗んだ車は汎用車とはいえ装甲付きの軍用車輌だ。銃弾も、命中しているのは全体の十パーセント程度。警備兵の銃弾は、装甲に支障を来すダメージを与えられない。カノープスが運転する四輪車は達也が鉄扉を消し去ったゲートを通り抜けて、監獄の敷地を脱出した。

 

「ほ、ホントに何なんですか!?」

 

 

 達也の魔法を理解できないシャウラが悲鳴に似た声で達也に訊ねるが、達也はその問いに答えることは無い。カノープスも達也が答えるわけがないと分かっていたが、シャウラの気持ちも理解できるので、彼はこの場でどちらの味方をすることもなく、運転に集中することにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミッドウェー監獄の敷地を脱出した後、追い掛けてくる車輌もヘリも無かった。アメリカ軍が侵入者と脱獄犯を見逃すとは思われないから、体勢を立て直している最中なのだろう。

 

「止まれ」

 

 

 エアカーが見えたところで、達也はカノープスに四輪車の停止を指示する。彼はエアカーの運転席に乗り込んで、ドアを開けたままカノープスとシャウラに叫んだ。

 

「乗ってくれ」

 

 

 二人は愚図愚図と戸惑ったりはしなかった。カノープスが後部座席からアルゴルを引きずり出し、肩に担いでエアカーに駆け寄る。シャウラがエアカーの後部座席に乗り込んで、中から意識の無いアルゴルの乗車を手伝う。

 

「ドアは閉めなくて良い」

 

 

 達也の注意に頷いて、カノープスはSUVに似た車体を回り込んで助手席に座った。達也の操作で、四枚の扉が一斉に閉まる。

 

「これは何だ? 水陸両用車か?」

 

 

 窓がはめ殺しになっている上、通常の自走車であればトランクになっているスペースに正体不明の機械が据え付けらた車内を見回して、カノープスが思わず尋ねた。

 

「いや」

 

 

 答えながら、達也は飛行魔法を発動する。

 

「空陸両用だ」

 

 

 カノープスは息を呑み、シャウラが小さな悲鳴を上げる。それをBGMに、達也はエアカーを急発進させた。

 

「(USNAの魔法師でも飛行魔法をここまで完璧に扱える人間は多くない。この男の正体は間違いなく飛行魔法の開発者にして、スターズ内でも危険視されている司波達也に間違いない。だが日本の戦略級魔法師が何故、外交問題の危険を冒してまでグランドの依頼を受け、私を脱獄させた? リーナから依頼を受けたのか?)」

 

 

 カノープスは飛行中、ずっと正面に顔を固定しながらチラチラと視線だけを達也に向け、そのようなことを考えていた。冷静さを失っているシャウラはそのことを気にしている様子はない――そもそもヘルメットの下が日本の高校生だとは思っていない――ようだが、カノープスはそのことがどうしても気になってしまう。彼は達也が運転している間ずっと、そのことに思考を奪われ、脱獄後どうなるのかを気にする余裕はなかった。




観察眼はリーナより上ですし

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。