ミッドウェー襲撃の報を受けた直後から、パールアンドハーミーズ基地では慌ただしく出撃の準備が進められていた。当初の目的はミッドウェー基地を襲っている敵の撃退。だがカノープス少佐、アルゴル少尉、シャウラ少尉を拉致した襲撃犯が小型飛行機械でサンド島を脱出したとの追報が入ってからは、出撃戦力をそのままに、対空・対潜駆逐艦および戦闘機による犯人追跡へとミッションが切り替わった。
出撃する軍人も基地に残る軍人も皆が慌ただしくしている中、軍人ではないレイモンドは水波の病室にいる光宣を訪ねていた。
「ミッドウェーを襲ったのは達也だろ?」
開始されようとしている作戦に関係する話題だから雑談とは言えないかもしれないが、レイモンド本人は明らかに興味本位だ。その質問に、光宣は「多分ね」と頷いた。
「ここまで完璧に魔法の痕跡を隠せるのは達也さんくらいだ」
「光宣以外には、じゃないのか?」
「僕は誤魔化しているだけだよ。達也さんみたいには、上手く隠せない」
「ああ、そう」
からかうようなレイモンドのセリフに、光宣は真面目な顔で頭をふった。その反応に、レイモンドが白けた顔で相槌を打つ。
「まぁ、いいや」
だが彼はすぐに、どこか楽しげな顔つきに戻った。現在の状況は波乱含みで、『七賢人』レイモンド・S・クラーク好みの展開なのだろう。
「アンタレス少佐とサルガス中尉も駆逐艦『シュバリエ』で出撃するそうだ。……あれ? 『シャバリア』だっけ?」
光宣はどちらでも良いと思ったが、レイモンドはそのままにしておけなかったようで、携帯端末を取り出して検索を掛けている。
「ああ、やっぱり『シュバリエ』だ。それと『シャングリラ』も一緒に出航するって。艦載機の『ホーンドアウル』も十機以上出撃させるみたいだよ」
「それ、本当!?」
『シャングリラ』はパールアンドハーミーズ基地を母港とする空母で、基地の飛行場の役割も担っている。『ホーンドアウル』は、F-141のコードを持っているステルス性能に優れたマルチロール機で、『シャングリラ』の主戦力艦載機だ。『シャングリラ』が搭載する『ホーンドアウル』の総数は六十機。その内の六分の一以上を出撃させるというのだ。光宣が驚くのも当然だった。
「それだけ達也を危険視しているってことだろ。妥当な判断だと思うけどね」
レイモンドのこのセリフに、光宣は反論しなかった。光宣は達也と対人レベルの魔法戦闘しか行っていないが、達也の真価が戦術レベル以上の大規模戦闘にあるということを直接対決で感覚的に理解していた。たった今、ミッドウェーで起こったことが証明している。たとえ戦略級魔法を使わなくても、達也は軍事基地を破壊しうる脅威だ。USNA軍の対応は決して大袈裟なものではない。
「この基地だって達也を阻めるとは思えない……。ああ、『シュバリエ』と『シャングリラ』が出港したみたいだね。アンタレス少佐とサルガス中尉が離れていく」
病室かの窓から港は見えないが、パラサイト同士をつなぐチャネルからレイモンドはそれを感じ取った。
「光宣、今しかないと思うよ」
「何が?」
思わせぶりなレイモンドのセリフ。問い返しながら、光宣はレイモンドの言いたいことが何となく分かっていた。
「達也がここまで来れば、今度こそ逃げられない。君は、彼と争うつもりはないんだろう? だったら今がチャンスだ。今ならこの基地にはスピカ中尉しか残っていない」
レイモンドが言っていることは正しい。この海上基地――人工島の上に、逃げ場はない。何処に隠れていても達也の「眼」からは逃げられないだろう。『仮装行列』も『鬼門遁甲』も、ここでは狭すぎて役に立たない。逃亡を続けるつもりなら、海に出るしかない。しかし光宣は、力なく頭を振った。
「……駄目だ。今はまだ、水波さんを動かせない」
水波は先日の無理な魔法行使で受けたダメージから、ほとんど回復していない。彼女が一日の大半を眠って過ごしているのは、意識の活動を抑えることで無意識領域への刺激を抑え魔法演算領域の暴走を鎮静化させる為の自己防衛機能が働いている為だ。外部から強い刺激を加えれば意識が強制的に覚醒し、それが引き金となって魔法演算領域のオーバーヒートに見舞われる可能性が高い。
「じゃあ、光宣だけでも逃げるべきだ。生きてさえいれば、彼女を取り戻す機会があるだろう」
光宣は意外感に目を瞬かせた。レイモンドの態度は、何時もの何処か冷笑的な、何事に対しても見世物を面白がっているような斜に構えたものではない。どういう訳か、自分と水波のことを親身になって心配しているように、光宣には思われた。
「いや……無理だよ」
だが光宣は、レイモンドの言葉に頷けなかった。ここで水波を手放せば、二度と手は届かないと彼は感じている。達也も深雪も、それほど甘い相手ではない。もう二度と、付け入る隙を見せないだろう。
何より、まだ水波と離れたくなかった。水波を治す為ではない。水波の症状を悪化させた責任を取る為でもない。端的に言うのなら、それは未練だった。
何故二度目があると思えるのだろうか、この七賢人は……