劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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210話目です。


野外演習

 達也たちは八雲の私的な居住空間である庫裏の縁側に来ていた。二人を此処に連れて来たのはもちろん八雲だ。修練の後で八雲が茶を振舞うのは良くある事だが、本堂の縁側では無く庫裏に連れてくるのは珍しく、何か何時もと違う話しがあるのだろうなと達也は思っていた。

 

「さて、君たちは学校もある事だし手短にいこう。随分と珍しい物を手に入れたようだね」

 

 

 三人分の湯呑みを自分で運んできた八雲は、達也の隣に腰を下ろすなりそう切り出した。

 八雲の言う「珍しい物」が瓊勾玉を指しているのは確認するまでも無かった。不意打ちではあるがショックは無い。この程度の口撃で動揺してるようでは八雲と付き合ってはいけないのだ。

 

「預かり物ですが」

 

「だったらなるべく早く返した方が良い。返せないなら少なくとも自宅ではない然るべき場所に移すべきだ」

 

 

 八雲から警告を受ける事自体は予想の範囲内だったが、その声色が達也の予想以上に真剣身を帯びていたため、意外感と緊張感を呼び起こされ達也は八雲へ首だけ向けている状態から身体を斜めに向ける体制に座りなおした。

 

「狙われているとは気が付きませんでした」

 

「慎重に立ち回ってるからね。それになかなかの手練だ」

 

 

 達也のセリフは「本当に狙われているのか」という確認の意味を込めたものだ。小うるさいちょっかいは別にして八雲が気にかけるほどの大きな脅威は達也は察知していなかった。

 それに対する八雲の回答は相手の並々ならぬ技術を警告すると共に、自分がその尻尾を掴んでいるとほのめかすものだった。

 

「何者か……と訊いても無駄なのでしょうね」

 

「まったくの無駄と言う訳じゃないけど……そうだね、もう一つ忠告しておこうか。敵を前にしたら方位を見失わないように気をつけるんだよ」

 

「方位……ですか?」

 

 

 訝しげに問いかけたのは深雪。達也は深雪の質問に何と答えるか無言で八雲へ目を向けていた。

 

「これ以上は高くつくよ?」

 

 

 しかし八雲は深雪の質問に答えなかった。八雲の浮かべた邪な笑みを前にして、達也はそれ以上の詮索を諦める事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校に隣接している丘を改造して作られた野外演習場。魔法科高校は軍や警察の予備校ではないが、その方面に進む者も多い為にこのような施設が屋内屋外多種多様に充実している。

 そこで行われている野外演習は事故防止の為にモニター要員がつく事になっているのだ。

 

「十文字のやつ、もの凄いプレッシャーを放ってるな」

 

「萎縮しちゃって本来の力を発揮できなくなってる子も少なく無いわね」

 

 

 モニター要員として演習を視ている摩利と真由美が、モニター越しでも感じるほどのプレッシャーを放っている克人に関心していると、別角度のモニターに一人の一年生の姿が映った。

 

「コイツは冷静だな」

 

「タイミングを計ってるようね」

 

 

 一科生の生徒が克人の放つプレッシャーに萎縮、耐えられずに飛び出す中、一人参加している二科生の一年生が冷静に戦況を分析しているのに、摩利は面白そうに、真由美は純粋に感心した様子だった。

 

「古式魔法『土遁陥穽』か。距離を取るためには有効な魔法だな」

 

「十文字君、楽しそうな顔してるわね」

 

 

 参加している二科生――幹比古が克人に使った魔法は姿を晦ます魔法では無く、相手の視界を奪い穴に落とし時間稼ぎにはもってこいの魔法だった。もちろんこの程度で克人を倒せるとは幹比古も思って無かった。術の効果を確認する暇も惜しんで、幹比古はその場から逃げ出した。

 土煙が晴れると、そこには円形に押し潰された穴と、円環状に降り積もった土砂と土埃一つ浴びていない克人の姿があった。彼の防壁魔法は土を媒体とした攻撃を完全にシャットアウトしていたのだ。

 だが視界を塞がれてまんまと逃げられてしまったのも事実で、克人はニヤリと笑って防御魔法の反発力でわずかに浮き上がっていた空中から地上へと足を踏み出したのだった。

 

「意外と使えるな、コイツは」

 

「達也君とは違った巧さがあるわよね」

 

「類は友を呼ぶか……今年の一年は二科生に使える魔法師が多いようだな」

 

「総合力だけ見れば一科生の方が優秀なのには変わりないけどね」

 

「だがコイツが他の一年に比べて『使える』のは間違いない。十文字のプレッシャーにも動じずに冷静に対処したのを見ても明らかだ」

 

「九校戦以降、吉田君の中で何かがあったんでしょうね。一学期から見ても明らかに成長しているもの」

 

 

 真由美と摩利が幹比古の成長について語っている中には、やはり達也の名前が挙がっている。彼と付き合うようになってからの幹比古の成長は著しいものがあると教師の間でも話題になっているのだ。

 

「こう言う良い影響はどんどん広がって欲しいんだけど……」

 

「だがアイツはリーダーシップを取るようなタイプじゃないからな」

 

「どちらかと言えば敵を作りまくるタイプなのよね」

 

 

 摩利と真由美が苦笑いを浮かべている隣では、壁際に追い込まれて必死の抵抗を繰り広げる幹比古の姿が看視モニターに映し出されていた。

 

「あらら……やっぱり十文字君からは逃げられなかったようね」

 

「仕方ないだろ。相手は元部活連会頭だぞ」

 

「達也君が居たら違ったかしらね?」

 

「アイツは論文コンペの準備が忙しいって断ったんだろ?」

 

「まぁ正直達也君の言う様に準備優先だしね」

 

 

 二人の会話から分かるように、実は達也も演習に誘われていたのだ。だが本番まで後一週間と迫ってる事を理由に達也は参加を拒否したのだった。

 理由としては最もなのだが、達也は別の理由でも演習に参加したくなかったのだ。達也本来の魔法は克人とは相性が悪い。術式解体も克人の魔法には有効ではない為に、達也には克人と戦う前から勝負が見えているからだ。

 

「それにしても、達也君も大変だな。姉には代役を任され妹からは嫉妬されて」

 

「お友達は千代田さんと対立するし、それ以外にも不穏な動きがあるってリンちゃんが言ってたし」

 

「やっぱり達也君にも護衛を付けるべきだったかもな」

 

「でも断られたんでしょ?」

 

「ああ。お前ほどの知覚魔法が使えないと意味は無いってな」

 

「じゃあ私が達也君の護衛をしようかしら」

 

 

 真由美のこの言葉に他意は無かった。ただ単純に護衛の適役として名前を挙げられたので名乗り出ただけなのだが、摩利は少々深読みしすぎたのだった。

 

「お前、そんなに達也君と一緒に居たいのか?」

 

「違ッ! 摩利、分かってて言ってるでしょ!」

 

「何だ違ったのか。最近光井や北山のアピールが顕著になってきたから焦ってるのかと思ったぞ」

 

「だから違うって言ってるでしょ! 大体達也君と私は何でも無いんだから!」

 

「その割には必死になってるじゃないか」

 

 

 演習も終わりモニターに集中しなくて良くなった二人は、グダグダと言い合いを始めたのだが、この場にはそれを止める人間は居らず際限なくこの争いは続いたのだった。




幹比古が活躍してても、二人の話題は達也に集中……

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