劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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夢見がちなのはいいけど迷惑をかけるなよな……


ロマンチスト

 本気で水波のことを心配している光宣のことを、レイモンドはどうしても見捨てることができなかった。心の底から光宣のことを信用しているわけではないのだが、それでも想い人を達也に盗られた――本人たちはそう思っている――仲間として、レイモンドは光宣に親近感を覚えていたのだろう。

 

「……分かった。だったら、僕も付き合うよ」

 

「はっ!? いや、それはまずい!」

 

 

 レイモンドのセリフは、光宣を驚愕させた。

 

「レイモンド、君こそ逃げなきゃならないだろう! もし君が達也さんに捕まりでもしたら、ディオーネー計画はパラサイトの陰謀ということにされてしまう!」

 

 

 パラサイトとディオーネー計画に直接の関係は無い。しかし達也なら、自分に向けられた陰謀を叩き潰す為に、事実を簡単に捻じ曲げてしまうだろう。その程度のことは躊躇いなくやってのける恐ろしさを、光宣は達也に感じていた。

 

「そんなことになったら、君や君のお父さんだけの問題ではなくなってしまう。アメリカの信用問題、延いては世界秩序の動揺に発展しかねないよ!」

 

 

 光宣はずっと個人的な感情で動いてきた。その為に人の道を外れても、人であることを外れても、後悔はしていない。だが世界中に迷惑をかけることなど、彼は望んでいなかった。

 

「良いさ。それも面白い」

 

 

 レイモンドは、無邪気な顔で笑って見せた。その表情は、光宣の言葉を理解した上でのものだった。

 

「レイモンド!」

 

「僕だってもう人じゃない。人の世界がどうなろうと、どうでも良い。それにディオーネー計画が国家ぐるみの陰謀だったのは事実だ。アメリカが世界から非難されても、自業自得さ」

 

「しかし……」

 

「光宣」

 

 

 光宣の反論を遮り、レイモンドがニヤリと笑う。

 

「国家や世界の動向よりも、僕は君の行く末を見届けたくなった」

 

 

 思いがけないセリフに、光宣が目を見開く。

 

「君たちは、何て言うか……すごくロマンチックだ。どんな映画のカップルよりも、君たちを見ているとそう思う。正直言って、凄く羨ましいよ」

 

「………」

 

「だから僕は、君たちの物語の結末が知りたい。そして僕は、それがハッピーエンドであって欲しい」

 

 

 レイモンドが、照れ臭そうに笑う。そもそも水波が光宣についてきた本当の理由を知らないから言えることではあるが、そのことを訂正できる人間はこの場にはいない。

 

「君たちがちゃんとハッピーエンドを迎えられるように、光宣、君は今、逃げるべきだ」

 

「レイモンド……」

 

 

 偽情報を操り、パラサイトを再びこの世界に招いたレイモンドと、人であることを捨て、愛してくれた祖父を殺め、多くの混乱を引き起こした光宣。そんな二人であるにも拘わらず、今、この空間に流れる空気は優しかった――しかし世界は、優しいだけでは終わらない。

 

「それは困ります」

 

 

 突然の声と、扉が勢いよく開いた音に、光宣とレイモンドがハッと振り向く。彼らは会話に没頭していた。少なくとも、他に意識が向いていなかった。その所為で、迂闊にも、接近する同族の気配に気づけなかった。

 振り向いた二人が見たものは、右手の人差し指を突き出したゾーイ・スピカの姿。血飛沫が舞う。

 

「光宣!」

 

 

 ドアを開けると同時にスピカが放った『分子ディバイダー・ジャベリン』が光宣の胸を貫いたのだ。

 

「致命傷ではありません」

 

「あんた、何を!?」

 

 

 食って掛かるレイモンドに、スピカは冷ややかな目を向ける。

 

「黙りなさい」

 

「――っ!」

 

「ステイツに害を為すことは許されません。貴方たち三人には、今すぐここから移動してもらいます」

 

「何故ですか……?」

 

 

 光宣が前のめりの体勢で胸を押さえながら、苦しげに尋ねる。

 

「九島光宣。レイモンド・クラーク。連邦軍が貴方たちパラサイトを匿ったことの証拠を日本人に捕まれると、ステイツにとって外交上不利な材料になってしまいますから」

 

「……水波さんはまだ安静が必要です。貴女たちの奇襲で彼女はこうなったんですよ」

 

「貴方がここに来なければ起こらなかったことです」

 

 

 光宣の訴えを、スピカは一蹴した。彼女の言うことはある意味でその通りであり、光宣はそれ以上スピカに何かを言えなくなってしまった。水波はパラサイトではなく巻き込まれただけだということをスピカも理解はしているが、その上で、背後に控える兵士たちに入ってくるよう合図をする。病室に踏み込んだ兵士は四人。彼らは光宣とレイモンド、水波に銃口を向けた。

 

「大人しく着いてくるなら殺しはしません」

 

「――僕たちだけなら、ついて行っても良かった」

 

 

 光宣が身体を起こす。その声に苦痛は無く、押さえていた手を除けた胸には血の跡しかない。

 

「お前!?」

 

 

 傷が消えていることに気づいたスピカが、慌てて魔法を組み立てる。だが彼女はそれ以上、何もできなかった。悲鳴を上げることすらできなかった。

 スピカの身体が燃え上がる。部屋に押し入った兵士の身体が燃え上がる。放出系魔法『人体発火』。それが病室に押し入った五人を黙らせた光宣の魔法だと、レイモンドは燃えている五人を見て理解したのだった。




達也以外で光宣の相手ができるわけ無いだろ……

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