劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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格の違いで済ませられない実力差


格の違い

 一隻で突出した駆逐艦『シュバリエ』を発見した達也は、最初、一撃で沈めようと考えた。この艦の後ろにはおそらく、空母とその護衛艦が控えている。一隻一隻に時間を掛けていては、また水波を連れていかれてしまう可能性がある。

 水波の情報はマークし続けているので、逃げられても見失う恐れはない。だが水波の病気が悪化したのも、達也は情報次元経由で知っていた。つい先程、『バージニア』を再発進する直前に確認した時は何故か状態が改善していたが、油断はできない。連れ回されている最中に、病状が決定的に悪くなるかもしれないのだ。急がなければならなかった。

 にも拘わらず、達也は方針を変えた。艦を沈めるのではなく、達也自身が乗るエアカーに対して無力化するに留めた。砲塔もランチャーも無くなった甲板にエアカーを下ろし、車外に出る。夜空の下に立った達也に歩み寄る二つの人影。

 

「待っていたぞ、パラサイト」

 

 

 達也が方針を変えた理由は、駆逐艦の中にパラサイトの存在を「視」たからだった。駆逐艦ごと海に沈めてしまうと、発見に手間取ってしまう。それを嫌ったのだ。

 投げ掛けられたセリフで達也の目的――パラサイト殲滅の意志を覚ったのだろう。アンタレスがいきなり魔法を放った。

 魔法の面で見たパラサイトの特徴は、多様性の後退と発動速度の飛躍的向上だ。アンタレスの『ニュクス』は達也の対抗魔法よりも先に完成し、魔法的な視覚を阻害する精神干渉フィールドで達也を分厚く覆った。しかし次の瞬間、『ニュクス』の闇は、音も無く砕け散った。

 

「――何故だ!?」

 

 

 アンタレスの口から理不尽を詰る声が漏れる。魔法的な視覚を遮られれば、起動式も魔法式も「視」えなくなる。打ち消すべき魔法を「視認」できなければ、対抗魔法も照準を合わせられない道理だ。

 

「(『ニュクス』。確かに厄介な魔法だ)」

 

 

 達也はアンタレスの疑問に答えない。だが心の中では、彼の魔法の威力を認めていた。

 

「(だが視覚イメージを認識できなくても、何があるか分かっていれば「分解」は容易い)」

 

 

 確かに『ニュクス』の完成によって視覚的なイメージ形成は妨げられた。だが『ニュクス』が完成するまでの過程は「視」えていた。一瞬の過去に「視」た「情報」から現在の「情報」へとたどり着くことが達也には可能だ。その「情報」を『術式解散』で分解することも。達也の力を『ニュクス』で封じるつもりなら、魔法の発動を気取らせては駄目なのだ。完全な奇襲でなければ、達也に『ニュクス』は通用しない。

 アンタレスの魔法が破られたからか、それとも予定の連係だったのか、サルガスが達也に攻撃魔法を放った。やはり達也が魔法を無効化するより速く、サルガスの魔法が達也の精神に襲いかかる。ディテールの無い、影のような狼の群れ。いや、これはコヨーテだ。黒く塗りつぶされた無数のコヨーテが達也の心に牙を突きたてようとする。サルガスが得意とする精神干渉系魔法『イケロス』。

 ギリシャ神話における夜の女神『ニュクス』の子である『オネイロス』――夢の支配者の一族。その中で獣の形をとる夢『ポベートール』の別名『イケロス』の名を持つこの魔法は、獣の幻影で相手の精神にダメージを与える魔法だ。悪夢の牙に噛まれ心を食いちぎられたという幻覚が、相手の精神を衰弱させる。

 だがサルガスにとっては残念なことに、『イケロス』は『ニュクス』と同じ結末を迎えた。魔法の完成はサルガスが達也に先んじた。だがサルガスの『イケロス』は効果を発揮する前に、達也の『術式解散』で消し去られ無効化された。

 達也が右手でCAD『トライデント』を抜く。アンタレスとサルガスは、諦めずに精神干渉系魔法の攻撃を繰り出し続けているが、達也はそのことごとくを魔法式の分解によって無効化する。スーツ内蔵のCADを使って、達也は『術式解散』を放ち続ける。

 

「あり得ない!」

 

「何故だ!?」

 

 

 嘆きと怒りを口から吐き出すパラサイト。心の乱れが魔法の連射に空白をもたらす。その隙を逃さず、達也は『トライデント』の引き金を引いた。

 

「(『雲散霧消』、発動)」

 

 

 アンタレスとサルガスの肉体が、不確かに揺らめく。海風が彼らの身体を呑み込み、二人の肉体は空と海に散った。そしてその後に残る、二体の「パラサイト」。人をパラサイトに変化させる、妖魔の本体。

 

「(霊子情報体支持構造を認識)」

 

 

 パラサイトの本体は、想子の繭に包まれた霊子情報体。いや、繭と言うよりゼリーか。核となる霊子情報体を保護する想子の塊自体は不定形だが、それとは別に、霊子情報体をこの世界に存在させている想子情報体の支持基盤がある。その、支持基盤となる想子情報体を、定まった形を持たない想子塊の中から見つけ出す。「霊子情報体をこの世界に存在させている」という作用から、達也はその構造を間接的に読み取った。

 

「(霊子情報体支持構造分解魔法『アストラル・ディスパージョン』、発動)」

 

 

 霊子情報体・パラサイトがこの世界に存在する為の足場を破壊。存在の基盤を失った霊子情報体が、この世界の外へ落ちていく。この世界から追放される。二体のパラサイトは「あの世」へ消えた。




肉体も精神体も完全敗北

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