劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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戦闘は無いですが、奪還で良いのだろうか?


水波奪還

 空母との交戦を回避した達也は、今度こそ水波がいるパールアンドハーミーズ基地へ直行した。三矢家から聞いた通り、半フロート式人工島が見えてくる。形状とかサイズから見て、海上空港用のメガフロートを基地に転用したものだろう。

 

「(どういうことだ……?)」

 

 

 達也は基地の上空を旋回しながら首を捻った。最初、基地からの攻撃が無いのは空母『シャングリラ』の艦長が口添えしてくれたのかと考えた。しかし接近するにつれて、達也の中で違和感が膨れ上がった。

 基地に、人の気配が無い。旋回する高度を落としても、人影が全く見当たらない。

 

「(基地には、水波一人しかいないだと……? 高度な隠蔽魔法を使っているのか……?)」

 

 

 人間は水波一人。パラサイトの姿は無い。達也は、自分の『精霊の眼』から完全に隠れ果せる未知の魔法を疑った。魔法を使っている痕跡すらも完全に隠す隠蔽魔法を光宣が編み出したのかと考えた。あるいは、スターズにそういう魔法の遣い手がいるのか、と。

 しかし彼の直感は、それを否定している。根拠は説明できないが、この基地で現在、達也以外に魔法を使っている者はいない。水波を除いて、この基地は正真正銘、完全なる無人だ。

 

「(『シャングリラ』の艦長に、基地で異常事態が生じていると認識している気配はなかった)」

 

 

 交信の電波越しだが、これ程の異常事態であれば動揺や焦りが滲み出るはず。少なくとも達也は、そんなものを感じなかった。

 

「(……迷っていても仕方がない)」

 

 

 基地に下りてみれば、何が起こっているのか、何が起こったのか、少しは分かるかもしれない。

 

「(何も分からなければ、水波を取り返してここを立ち去れば良い)」

 

 

 旋回が三周を数えたところで、達也は方針をそう決めた。パールアンドハーミーズ基地に降下し、エアカーから出る。人工島に立った達也は、上空からでは分からなかった魔法の痕跡に気づいた。

 

「(およそ三十分……いや、四十分か?)」

 

 

 強力な魔法が何十回、いや、おそらく百回以上、この基地に吹き荒れた名残だ。

 

「(この痕跡は……間違いない。光宣の『人体発火』だ)」

 

 

 基地に漂う魔法の残り香は、以前達也自身が殺され掛けた光宣の『人体発火』のものに相違なかった。人体を構成する細胞から電子を強制排出することによって、分子レベルで人間の身体を破壊する致死魔法。それが百回以上行使されたということは、光宣がこの魔法で百人以上の大量殺戮を行ったことを意味している。

 

「(光宣……何があったんだ?)」

 

 

 光宣がパラサイトに心を呑まれたとは考えられない。「信じたくない」のではなく、達也は光宣の力を、その精神力を含めてそれだけ高く評価している。これまで水波に対して見せてきた執着を考えると、彼女を一人残していったのも不可解だ。

 

「(とにかく……水波の所へ行くか)」

 

 

 達也がエアカーを下ろしたのは病院棟のすぐ横だ。無論、偶然ではない。彼は水波を連れて帰るべく、無人の病院に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水波は三階建ての病院棟の、三階の部屋にいた。入院着ではなく、飾り気の無いシャツにロールアップでくるぶし丈にしたパンツをはいている。米軍の、女性兵士用の支給品なのだろう。

 

「水波」

 

 

 窓へ向かってベッドに腰掛けていた水波が、達也の声に立ち上がり、振り返る。

 

「達也さま……」

 

 

 ぼうっと、意識が半ば身体から離れているような表情をしていた水波の顔が、泣き笑いの形に歪み、一筋の涙が、水波の左目から零れ落ちる。

 

「私……光宣さまに、置いていかれてしまいました」

 

「光宣は何か言っていたか?」

 

「いえ。私が、眠っている、内に……」

 

 

 水波の口調が、たどたどしくなっていく。また一つ、今度は右目から、水波は涙を流した。光宣の側に、何か理由があったのは確実だ。それもいい加減な理由ではなく、已むに已まれぬものが。

 もしかしたら、光宣と米軍の間に大きなトラブルが生じたのかもしれない。この基地に残る殺戮の跡は、光宣とアメリカ軍が本格的な対立に陥った結果かもしれない。

 しかし達也は、その推測を口にしなかった。光宣について行きたかったのか、とも尋ねなかった。

 

「水波、帰るぞ」

 

 

 達也はただ、それだけを水波に告げた。

 

「達也さま……」

 

 

 水波が達也の胸に飛び込む。達也に縋りついて、子供のような声で泣く。達也は幼い妹を慰めるように、幼い頃の深雪にはしてやれなかった手付きで、水波の頭をそっと抱え込み、彼女の背中を何度もさすった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 漸く泣き止んだ水波をエアカーの助手席に座らせ、達也は横目で水波に確認する。

 

「準備は良いか?」

 

「はい」

 

 

 四点式シートベルトで身体をシートに固定した水波が、俯いたまま達也に応える。彼女の頬はまだ赤みが引いていない。達也に縋りついて泣いたことが、相当恥ずかしいようだ。――頬とは別に額が少し赤いのは、硬いフリードスーツの胸に頭を押し付けていたからに違いない。

 達也が正面に目を向け、エアカーの飛行デバイスに想子を注ぎ込む。

 

「帰るぞ。俺たちの家に」

 

「――はい」

 

 

 今度は、達也の言葉に、水波はしっかりと頷いた。エアカーがフワリと離陸する。徐々に速度を上げながら、エアカーは基地を離れていく。水波は助手席の窓から、パールアンドハーミーズ基地をチラリと振り返った。その瞳を過った切ない光は、前に向き直った時には、すっかり消えていた。




保護の方が正しい気もするんだが……

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