劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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いろいろと複雑な様子


水波の心の裡

 真夜への報告を済ませた深雪と水波は、それぞれの部屋に戻ることにした。もし時間が浅ければこのままお喋りでもという流れになったかもしれないが、今の時刻は深夜一時過ぎ。いくら学校の心配がないとはいえこれ以上の夜更かしは美容にも良くないし、何より達也より遅く起きるのは避けたかったのだ。

 

「それじゃあ水波ちゃん、今日は……いえ、昨日ね。とにかくお疲れ様でした」

 

「深雪様も、私を迎え入れていただき、ありがとうございました」

 

 

 謝罪は必要無いと言われている以上、「申し訳ございませんでした」とは言えないので、水波はお礼の形でもう一度深雪に頭を下げる。深雪の方も水波の気持ちを無碍にすることはできないので、素直にそのお礼を受け容れ、部屋の前で別れた。

 深雪と別れて部屋に入ってすぐ、水波は言いようのない不安に押しつぶされそうになった。その原因は光宣だ。あれだけ自分を必要としてくれた相手が、自分に何も言わずにいなくなったのだ。何時深雪から同じような仕打ちをされるかもしれないと思ってしまうのも仕方がないだろう。

 そしてもう一つの原因は、水波の立場だ。彼女は使用人でありガーディアン。卒業後は達也の愛人枠として彼の側に仕えることを許されてはいるが、正妻ではない。要するに、不必要だと思ったら簡単に排除できるということだ。

 

「(達也さまはそう言うことを誰かに言いふらすような人ではないと分かっているのですが、深雪様を何時までも欺き続けるのは難しいでしょうね……)」

 

 

 今日は達也が無事に戻ってきたことに意識を向けていたお陰でバレなかったが、いずれ深雪は勘付くだろうと水波は思っている。それだけ深雪の、達也に対する勘の鋭さは馬鹿に出来ない。もちろん、自分が達也の胸に縋りついて泣いたと知ったところで、深雪が何かをするとは考え難い。だがそれでも、使用人という立場が水波を不安にさせるのだ。

 

「(深雪様はお許しくださいましたが、本来許されることではないでしょうし……)」

 

 

 八雲が言った「二人の利益」がなんなのか、水波にはまだ分からない。今回のUSNA襲撃で、達也がミッドウェー監獄とパールアンドハーミーズ基地を壊滅させたということは知っているが、それが達也の利益になるのかと聞かれれば首を傾げる。ましてやUSNAに正体を知られるリスクがあるのだから、メリットとデメリットを秤にかければ、デメリットの方が大きいのではないかとすら思える。

 

「(達也さまは僧都さまに私のことを家族だといってくださったようですが、達也さまの心の中にいるのは私ではなく、私の叔母に当たる桜井穂波でしょうし)」

 

 

 水波は達也が穂波に特別な感情を懐いていたのではないかということを聞いている。深夜に仕えていた穂波のことは良く知らないが、真夜から穂波と達也の関係は聞かされているのだ。

 

「(深雪様以外に関心を持たなかった達也さまが、初めて心を開いた相手……そしてその相手は私にそっくりだということを考えれば、達也さまが私を介して穂波を見ていたとしても不思議ではない)」

 

 

 達也が自分と穂波を一緒に観ているはずがないということは、水波も当然理解している。達也が何時までも過去に引きずられるような人間でないということも。それでも気にしてしまうのは、達也の気持ちをきちんと聞いたことが無いからだろう。

 

「(……今日はいろいろなことがあり過ぎてこのようなことを考えてしまうのでしょう。とりあえず休んで、達也さまと深雪様、そしてリーナ様の朝食の支度をしてそれから……)」

 

 

 思考を切り替えて落ち着こうとして、水波はふと光宣と一緒に達也から逃げていた時のことを思い出してしまう。あの時はまだ覚悟も決まっていなく、ただただ深雪を裏切ってしまった後ろめたさから目を逸らしていただけだったが、それでも光宣と二人きりでいること自体に不快感は覚えていなかった。

 

「(光宣さまのように、達也さまも私に対する気持ちをはっきり言ってくだされば、このような胸の痛みも無くなるのでしょうか……?)」

 

 

 水波が気にしているのが、まさしくその部分だった。自分は達也を選び、達也も自分が側にいることを許可してくれはしたが、達也が自分をどう思っているのかはっきりと聞かされてはいない。だから光宣のようにはっきりと自分を必要としてくれたことで、気持ちが揺らいでしまったのだと水波は思っている。

 無論、水波は最初から最後まで光宣と共に人外として生きる選択などするつもりは無く、彼について行ったのはあくまでも二人の未来に有益だと言われたからだ。それ以上の感情など無い――はずだった。しかし実際に光宣に置いていかれた時に感じた気持ちは、間違いなく「寂しさ」だった。

 

「(私は光宣さまの気持ちを嬉しいと思っていた……? 達也さまや深雪様を裏切ってでも、光宣さまと一緒に生きたかった……?)」

 

 

 自分の気持ちのはずなのに、水波はそのことが分からない。分からないことを考えても仕方がないと頭で理解していても、心がそれを許してくれない。

 結局水波はそのことを悶々と考え続け、気付いた時には夜が明けて既に深雪がキッチンに立っていたのだった。




きっと勘違いだよ

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