劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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本当にどうなってるんだか……


達也の疑問

 長時間の飛行魔法行使をしたと言っても、達也が寝坊することなどありえない。何時もよりは遅いが、それでも十分早い時間にベッドを出て、部屋に備え付けられているタブレット端末で研究の進捗を確認していると、部屋に近づいてくる気配を感じ取った。

 今達也が生活している場所は巳焼島の居住用のビルの一室だ。このエリアにはマスコミも近づけないので、偽装入院がバレる心配はないし、使用人もそれ程いないので、買収されているかもしれないという心配も不要だ。そもそも達也がこの部屋にいることを知っている人間は、この島に三人しかいない。深雪、水波そしてリーナの三人だ。その中の一人である水波が、達也の容態を気にしてこの部屋に近づいてきているのだった。

 

『達也さま、少しよろしいでしょうか?』

 

「あぁ、構わない」

 

 

 音声認識でロックを外し、水波に入室の許可を出す。達也は別に水波が勝手に部屋に入ってきたとしても何も思わないのだが、深雪に部屋にロックを掛けるようしつこく言われた為、外側から声を掛けなければ部屋に入れないので、水波が声をかけてきたことに不満は無い。

 むしろ水波の方が、達也の部屋に勝手に入るなどという行為はできないだろう。深雪ですら声をかけてから入室するというのに、使用人の自分がそのようなことをするなど、メイドとして教育されてきた水波からすれば、ありえない行為である。

 

「失礼します。達也さま、お身体の具合は如何でしょうか?」

 

「特に問題は無い。ダメージを負ったわけではないからな」

 

「ですが、パールアンドハーミーズ基地から巳焼島までの長時間の魔法行使があった翌日です。本日は無理をなさらない方がよろしいと思いますが」

 

「俺の心配より、水波の方はどうなんだ? 視たところ魔法演算領域のオーバーヒートによるダメージからは回復しているようだが、まだ無理はしない方が良いだろう」

 

「お心遣いありがとうございます。ですが、私は大人しくしているより達也さまや深雪様のお世話をしていた方が心が休まるのです」

 

「そうか。なら無理に休めとは言わない」

 

 

 達也は水波に興味が無いわけではない。彼は彼なりに水波の体調を心配しているのだが、強制するつもりはないので、水波が休みたくないと言うなら、症状が悪化しない限り自由にさせようと考えているのだ。

 

「水波、何故あの基地で入院していたんだ?」

 

「咄嗟に障壁魔法を張ってしまって、その所為で魔法力のコントロールを少しミスしてしまい、演算領域のオーバーヒートが起こり、光宣さまがあの病院に運んでくれたのでしょう」

 

「無理はするなと、光宣に連れ去られる前にも言っていたはずなのだがな……まぁ、使ってしまったものは仕方がない。それで、今はどうだ? 辛いと感じる時はあるのか?」

 

「今は全くありませんね。実際に魔法を使ってみたらまた痛みが出るのかもしれませんが、日常生活には何も支障はありません」

 

「一度精密検査を受けてみた方が良いかもしれないな」

 

 

 達也は『精霊の眼』を使って水波の容態を把握しているのだが、何故水波の容態が安定しているのかはまだ分かっていない。光宣が水波をパラサイト化させたわけでもないのに、水波の容態が回復したのだ。気にしてしまうのは仕方がないことだろう。

 

「それは達也さまの偽装入院が終わってからにしたほうがいいかと」

 

「巳焼島の病院では限界があるかもしれないし、水波の担当医はこの島にはいないからな。カルテとかを送ってもらうよりか、東京に戻ってからの方が良いかもしれないのは確かだ」

 

 

 そもそも水波はまだ、正式に退院したわけではない。退院日直前に光宣に連れ去られてしまったので、病院側もどう処理すれば良いのか悩んでおり、とりあえず連れ戻せたら病院に連れてきて欲しいと四葉家に話を通しており、水波が入院していた病室は空いているのだ。

 病院側とすれば、水波が日本に戻ってきているのなら一刻も早く連れてきて欲しいのだが、達也が入院していることになっているのでそれは難しい。エアカーの運転は達也以外でも出来るのだが、達也以上の飛行魔法の遣い手となると深雪しかいない。だがこのタイミングで深雪が巳焼島を離れれば、達也の入院に疑問を抱く人間が増えてしまうかもしれない。そう言う事情から、水波はまだ精密検査を受けてはいないのだ。

 

「それでも、水波はその確認の為にこの部屋に来たのか?」

 

「いえ、それだけではありません。そろそろ食事の用意が調いますので、達也さまをお呼びに」

 

「別に内線でも良かったのだが」

 

「このエリアに部外者が侵入することは難しいですが、通信を傍受することはできるかもしれません。用心することに越したことはありませんので」

 

「そうだな。ご苦労だった。すぐに向かうと深雪に伝えておいてくれ」

 

「かしこまりました」

 

 

 水波は恭しく一礼してから部屋を辞し、達也も端末の電源を切ってから着替える為にクローゼットから服を取り出す。

 

「それにしても、光宣は水波に何をしたんだ?」

 

 

 まだ光宣が何かをしたとは決まっていないのだが、達也は光宣が水波に何か治療を施したと確信している。だがパラサイト化の兆候が見られないので、そこまで焦る必要は無いだろうと、何処か安心しているのだった。




光宣がなにかしたのか、それとも別の理由があるのか……

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