達也からの報告は終わり、後は別れの挨拶をして電話を切ればいいだけだったのだが、真夜は達也の背後に水波が控えているのを見越して代わるよう命令した。達也は別に驚きもせず水波に受話器を差し出すと、差し出された水波の方が驚きを隠せない表情を浮かべた。
だが使用人である水波が、当主である真夜からの命令に背けるわけも無く、彼女は恐る恐る達也から受話器を受け取り名乗りを上げる。
「水波です」
『水波さん。今回は大変な目に遭ったわね』
「いえ……青木ヶ原樹海に潜伏していた時に、八雲僧都さまから私がUSNAに行くのは達也さまと深雪様の未来にとって良いことになると仰っていただけたので、半分は自分の意志でUSNAに渡ったわけですので」
『九重先生がそのようなことを? 本当に、あの人は何でも知っているのね』
真夜が楽しそうに笑っているのに対して、水波の表情は硬いまま。達也や深雪が許してくれたからといって、当主である真夜が自分を断罪すると言えばそれは覆せないのだから、下手に真夜の機嫌を損ねるわけにはいかない。せっかく達也と深雪の側にいても良いと言われたのに、自分の失言でその優しさを台無しにししたくないと、水波は慎重に言葉を選んでいるのだ。
「深雪様からUSNAの有力者が達也さまの後ろ盾として名乗り出てくれたとお聞きしました」
『あちら様にもあちら様の都合があったとはいえ、あの案件は達也さんにしか達成できなかったでしょうし、報酬としては妥当なものだと思いますけどね。それでも、国防軍から余計な横槍が入ることなく出国できたことを考えれば、こちらの得もかなりのものですけども』
「そのことでお聞きしたい事があるのですが」
『何かしら?』
真夜は水波が何を気にしているのか分かっているが、あえて分からないフリをしながら水波に問いかける。水波は真夜に質問を許してもらったことに驚きを覚えたが、やはり慎重に言葉を選びながら質問することにした。
「達也さまを乗せた船が警備艦に追突されたと深雪様からお聞きしましたが、それはパフォーマンスなのですよね? 達也さまはあくまでも巳焼島の病院にいて、USNAで起こった襲撃事件には関与していないという名目を得る為の」
『その通りよ。あの衝突事故を引き起こさせたのは私たちですもの。でも、証拠は何処にもないし、襲撃を計画した軍人さんたちは、名誉の自決をしていて調べようがないもの』
「国防軍の中には達也さまの魔法――『再成』の存在を知っている方もいるはずですが、その方たちが達也さまの事を調べるということはないのでしょうか?」
『達也さんの魔法は軍事機密指定ですもの。関係が悪化しているからといってその事を公言することはできないでしょうし、そのようなことをすれば――しようとすれば達也さんに消されることも理解しているでしょうから、そこから達也さんの偽装入院がバレることはないわよ』
達也の『再成』を知っているということは同時に、達也の『分解』を知っているということでもある。もし達也の秘密を洩らせばどうなるかなど、想像に難くないだろう。水波は平然と言ってのける真夜に戦慄する――ことはなく平然とその言葉を受け止めた。
「御当主様、お答えいただきありがとうございました」
『あら、もう良いのかしら?』
「はい、聞きたいことは全てお答えいただきましたので」
この言葉は嘘である。水波が本当に聞きたいのは、自分の処分についてだったが、達也が背後に控えている手前、聞くことができなかったのだ。
『そうそう、今回の件で水波さんに言っておかなければいけないことがあるのよ』
「……何でしょうか」
真夜の口から告げられることがどんなことか想像できない水波は、息を呑んでから冷静にそう尋ねる。
「(真夜様がわざわざ私に言っておきたいこととなると、今回の件での私に対する罰でしょうね……いくら達也さまと深雪様がお許しになってくれたとはいえ、私はあくまでも調整体魔法師……本家の決定ですぐに処分することができる存在ですし……)」
どうしても思考がネガティブになってしまう水波に、真夜は極めて明るい口調で告げる。
『今回水波さんが九島光宣に連れ去られ、USNAに渡ったことで達也さんと国防軍との関係を清算でき、さらにUSNAの上院議員、並びにCIAとの強いコネができました。その功績をたたえ、水波さんを特例で達也さんの婚約者の一人に迎え入れようと考えているのだけど、どうでしょうか?』
「………はい?」
水波は真夜の言葉が理解できず、思わず間の抜けた感じで問い返してしまった。すぐに失言だと思い謝ろうとしたが、彼女が何か言うより早く、真夜の笑い声が受話器から聞こえてきた。
『急にそんなことを言われても理解できないわよね。とりあえず、水波さんは愛人枠から婚約者に変更されることになったので、これで深雪さんに後ろめたく思う必要は無いわよ。まぁ、たっくんの胸に飛び込むなんて、羨ましいことこの上ないけど』
「も、申し訳ございませんでした!」
まさか知られていたとは思わなかった水波は、音声のみにも拘らず、綺麗に頭を下げて真夜に謝罪したのだった。
水波婚約者に昇格決定