深雪が水波を抱きしめているなど思いもせずにリビングに顔を出したリーナは、何となく見てはいけないものを見てしまった気がしてそっとリビングから逃げ出そうとしたが――
「あらリーナ。何か用があったのではないの?」
――深雪に声を掛けられてしまいそれもかなわず、大人しくリビングへと足を踏み入れた。
「少し喉が渇いたからお茶でも飲もうと思ったんだけど……お邪魔だったかしら?」
「貴女、何か勘違いしてるようだけど」
「だって、いきなり抱きしめ合ってる場面を目撃したら、誰だってそう思うわよ!」
「家族なんだから、これくらいするでしょ? リーナはアメリカで生活してたんだから、ハグくらい普通でしょ?」
「どう見てもハグの範疇じゃなかったんだと思うけど……」
明らかに抱き合っているように見えたので、ハグだとは思えなかったリーナは、呆れているのを隠そうともしない表情でため息を吐いた。
「それで、何で抱き合っていたのかしら?」
「水波ちゃんが達也様の婚約者として認められたから、それが嬉しかったからよ」
「水波が達也の婚約者に認められたって? それはめでたいわね」
リーナも水波にお祝いを言いながら笑みを浮かべた。
「それじゃあ水波も私たちのお仲間ってことね」
「私のような新参者を仲間と認めてくださるなんて、ありがとうございます。ですが、あくまでもメイドとしてここにいますので、正式に結婚するまではリーナ様のお世話を続けさせていただくつもりです」
「別に私は貴女の主じゃないのだから、そこまで畏まらなくても良いのだけど」
「というかリーナ、貴女一度USNAに帰るんでしょ? そのままUSNAで生活しても良いのよ?」
「なんでよっ! 私だって達也のことが好きでここにいるんだから……」
初めは強気な口調だったが、徐々に恥ずかしくなっていったのかリーナの声から勢いが消えていき、最後の方は聞き取るのがやっとな感じだった。
「恥ずかしがるくらいなら言わなきゃいいじゃないの」
「普通恥ずかしいって思うでしょうが! いくら気持ちを知られているからと言って、それを堂々と言えるような人間、そうそういないわよ」
「あら、私は言えるわよ? 達也様のことを愛していると」
「深雪はそう言う人間だもんね!」
リーナは深雪が達也のことを実の兄だと思っている頃から達也のことを想っていたことを知っている。だから今までの我慢の分だけ箍が外れて達也への愛情があふれ出ているのだろうと理解もしているが、それでも深雪のこの態度には引いてしまう。
「達也への愛情丸出しのほのかだって、ここまであけっぴろげには言わないわよ」
「別に達也様本人に告げるわけじゃないのだし、これくらいは普通だと思うけど」
「深雪なら、達也本人の前でも言えそうだけどね」
「当たり前でしょう? 私は達也様の事を心の底から愛しているのだから。他人に何と思われようが、この気持ちを誤魔化すことはしたくないの」
「まぁ、ずっと実の兄に恋い焦がれる可哀想な妹だったわけだし、多少のことは私だって目を瞑るわよ。それでも、深雪のそれはちょっと暴走し過ぎ!」
エリカのようなツッコミを入れるリーナに、深雪は本気で首を傾げる。彼女は本気でリーナが何故怒っているのかが理解できていないのだ。
「まぁ、リーナがどう思うかなんて私には関係ないわ。それより、USNAに戻って大丈夫なの? 今度はリーナが囚われたりしない?」
「さすがにそれは無いと思うわ……というか、そういうことを無くす為に戻るんだけど」
「そう……とりあえず気を付けてね。また達也様が余計な戦闘に巻き込まれるようなことになったら、その時は私が貴女のことを停めるから」
「怖いこと言わないでちょうだい! 貴女が言うと冗談に聞こえないんだから……」
リーナは深雪の本気の魔法を間近で見たことがあるので、深雪が言う『停める』というのが比喩ではなく本当に『停める』のだと理解している。それも動きを停めるのではなく、生命を停めるという意味だと。
「私だって知り合いであり友人であるリーナを停めたいなんて思わないけど、もしもの時は躊躇なくやるから、そのつもりで」
「深雪の覚悟を聞いて、なにがなんでも帰ってきてやるって思えてきたわよ」
「なら良かった。学校に通う際、リーナがいないと私も大変なんだから」
「まだ諦めの悪いマスコミたちがいるものね。いっそのこと達也が世界を創り替えたら良いんじゃないの? 達也ならそれくらいできるでしょうし」
「達也様は力での支配なんて望んでいないわ。ただでさえ達也様の御力に怯えて達也様を宇宙へ放り出そうとする輩が出てきているというのに……あぁ、貴女の国の人間だったわね」
「いちいち突っかかってこないでくれない? あの計画に私は関係ないんだから」
リーナもディオーネー計画の真の目的を知っているので反論はしないが、それでも自分も関わっていると思われるのだけは心外だったので、そこだけはしっかりと否定した。
「兎も角、貴女がいないと私も学校に行けないのだから、無事に戻ってきてね」
「分かってるわよ」
それが二人の間で交わされた約束。別に拘束力のない遣り取りだが、リーナは何が何でも日本に戻ってこようと強く誓った瞬間だった。
まぁ、なんだかんだで良いコンビですよね、この二人