劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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深雪よ、勘違いは恥ずかしいぞ……


尾行者とハッカー

 今日は日曜日だが達也は学校に行かなくてはいけない。もちろん補習とかではない。論文コンペの準備も大詰めになってきているので休日も登校しなければならないのだ。 

 そんな達也だが今は大型バイクに跨っている。その背後にはピッタリと寄り添うように深雪が達也の腰に手を回して座っている。ツーリングやデートではなく、達也は八雲の忠告に従って聖遺物を本来の場所に戻しにいくのだ。

 とはいっても達也たちが向かっているのはFLT本社ではなく開発第三課。聖遺物を預かる際に小百合が渋っていたのだが最終的に達也が言い負かして第三課に解析を手伝わせる言質を取ったのだった。

 公共の移動手段を取らなかったのは、また襲われた際に回りに迷惑をかけない為だ。若干遠回りになるのだが、普段から鍛えている達也と普通に慣性制御魔法が使える深雪にとっては疲れる距離ではない。だから達也がバイクを止め早朝からやっている喫茶店に寄ったのに深雪は首を傾げて不思議がっていた。

 店に入ってから注文を済ませて達也が両肘をテーブルについて口元を隠しながら訝しんでいた深雪に短く達也が言い放つ。

 

「尾行がついている」

 

 

 その言葉に深雪が大袈裟に反応したのは、単純に深雪がその事に気がついていなかったからだ。

 

「気付きませんでした。車ですか? それとも私たちのようにバイクですか?」

 

 

 上半身を乗り出してヒソヒソと兄に囁きかける。その姿を見てウエイトレスが頬を赤らめて視線を達也と深雪の二人に固定したまま顔を背けた。つまり見なかったフリをしたのだが、その事を詮索する余裕は深雪には無かった。というか深雪はその事には気がついていなく、達也は特に気にせずに流したのでウエイトレスの不審な行動は見てみぬフリを此方でもされていたのだった。

 

「カラスだ」

 

 

 簡潔な達也の答えに深雪は「はっ?」と目を見開き、僅かなタイムラグでその意味を理解した。

 

「……使い魔、ですか?」

 

「ああ、それも化成体だ」

 

 

 化成体とは霊的エネルギーを仮に実体化させたもの。実体化といってもそれは見せかけの上だけのことで、サイオン粒子の塊を土台に光の反射をコントロールする幻影魔法で姿を作り、物質に干渉する加重魔法・減速魔法・移動魔法、またはそれと同じ効果をもたらす力場で肉体を持っているように見せかけるものだ。

 

「……国内の術者ではありませんね。いったい何処の魔法師でしょう」

 

 

 化成体を使用する魔法は古式魔法に限定される。そして深雪の言うようにこの国においては化成体の使い魔を使用する術式は過去のものとなっている。

 コーヒーとミルクティーを運んできたウエイトレスが去るのを待って、達也は口を開いた。待っている間達也が無言で目を瞑っていたので、ウエイトレスはその達也の姿に見蕩れていたのだが、その事には気付かないフリで済ませた。

 

「正体までは判らないな。幹比古なら判別出来たかもしれないが」

 

 

 二人分のカップを脇に退けて深雪の手を握った。達也のその行動はウエイトレスたちの誤解を加速させたのだが、達也は必要がある為に深雪の手を握ったのであって、ウエイトレスたちの誤解を招こうが如何でも良いことだったのだ。

 

「このままラボに連れて行くのもよろしくない」

 

「………」

 

「深雪?」

 

「えっ、あっ、はい……そうですね」

 

 

 兄に手を握られて目を潤ませてボンヤリしていた深雪に何だか頭を抱えたくなった達也だったが、その衝動は気力で捻じ伏せた。

 

「化成体の座標はここだ。お前が撃ち落せ」

 

 

 短い命令。これにはさすがに深雪の表情も引き締まった。

 

「……分かりました」

 

「この状況で俺の力を知られたく無い。エミュレーターではCADを準備してる間に逃げられてしまう。深雪、お前が頼りだ」

 

「はい!」

 

 

 短い逡巡を見せた深雪に、達也は妹が張り切るだろう理由を言葉にして深雪に伝えた。案の定達也に頼られた事によって深雪は興奮しているようで、若干頬を赤く染めている。

 テーブルの下でウエイトレスの死角になっている左手でコッソリとCADを取り出して操作した。彼女の魔法発動にタイムラグは存在しない。達也の「視力」には使い魔の身体が瞬時に凍りつき同時にサイオン粒子が散り散りに拡散していく様を捉えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あっさりと尾行を撃退出来た事に疑問を感じながらも、達也と深雪はFLT本部から『キャプテン・シルバーとその一味』とやっかみだか蔑みだか判断しかねる名称で呼ばれている第三課に到着していた。だが何時もと違う喧騒がそこには繰り広げられていたので、達也は声をかけずに立っていたのだった。

 

「あっ、御曹司!」

 

 

 到着して一分ほど立っていて、達也の良きパートナーである牛山が漸く彼ら兄妹に気がついた。余所ならいざ知らずこの場所で達也が十秒以上放置されたのは初めてだ。つまりそれくらい非常事態な訳である。

 

「すみません! おいでになってることに気付きませんで……。おいっ! 御曹司がいらっしゃったのを知らせなかった間抜けは何処のどいつだ!」

 

 

 牛山の大声で室内の端末と格闘していた所員の半分が竦み上がった。その様を見て達也の顔色が変わった。

 

「手を止めてはダメだ! モニターを続行!」

 

「は、ハイ!」

 

 

 牛山に負けず劣らずの迫力の叱咤を達也が放ち、そのおかげで所員が再び必死の形相で端末との格闘を再開した。

 

「ハッキングですか?」

 

「はぁ、まぁ……」

 

 

 歯切れの悪い返事に達也が如何したのかと考えていると、さほど待つ事無く牛山が説明を始めた。

 

「ハッキングはハッキングなんでしょうが……どうも様子が変でして。侵入技術自体はかなりのものなんですが、目的がさっぱりなんでさぁ。全くの手当たりしだいてな感じなんですよ」

 

「本物の興味本位という事でしょうか?」

 

 

 達也と牛山がハッカーの目的について話し合っていると、所員の一人から声がかかった。

 

「不正アクセス、停止しました!」

 

「油断すんなよ! 今日一日は今の監視体制を維持する! ……っと、失礼しました。それで、今日はいったいどんなご用件なんです?」

 

「預かり物をここにおいて置こうかと。本社からの依頼でしてね。もしかしたらそれを妨害する為にハッキングしてたのかもしれませんが、向こうの裏をかくならここに預けるのが一番でしょう」

 

「預かり物ですかい?」

 

 

 達也から聖遺物を受け取った牛山は驚いた表情で達也を見た。

 

「これはいったい誰から……」

 

「本部長の奥さん、管理職である司波小百合からの預かり物です」

 

「いったい何でこんなものを……」

 

 

 達也から簡単に説明を受けて、牛山は聖遺物を厳重に保管しておくようにと所員の一人に命令した。達也は本来の目的を済ませ第三課から自宅へと帰宅する事にした。

 その道中で、今回のハッキングと最近周りをうろついている連中が同じなのではないかと考えていたのだった。




裏の裏まで読む達也だったとさ……

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