劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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それだけあの事故は衝撃的な出来事


紅音の不安

 新居に顔を出した達也だったが、本当に顔を見せに来ただけのようで、特に何かをするわけでもなくすぐに巳焼島へ戻ろうとした。だが雫から聞かされた用件は無視するわけにはいかないということで、二人を伴ってすぐに北山邸へ向かうことになった。

 ちなみに、達也は兵庫が操縦する小型VTOLで四葉ビルに着き、地下駐車場に停めてあるセダンでここまでやってきている。さすがにエアカーで飛んでくるわけにはいかなかったのだろう。

 

「達也さん、忙しいのにゴメンナサイ」

 

「気にする必要は無い。ESCAPES計画に無縁な用件という訳ではないのだし、既に本家にも連絡は入れてある」

 

「達也さん、本当に怪我は無いんですよね? 深雪から事情は聞いていますし、達也さんにはあの魔法があるって分かっているのですが……」

 

 

 ほのかが心配そうに後部座席から乗り出して達也の身体を確かめるように見詰める。服の上から見たところで達也が怪我をしているか分からないのだが、それでも確かめずにはいられないのだろう。

 

「問題ない。引き上げられる時には不自然さがない様に多少の怪我を残していたが、今は完全に治っているから」

 

「達也さんのあの魔法のことは知っていたけども、それでも心配になっちゃうのは仕方ないこと。いきなり船に追突され、血塗れで引き上げられたところを見せられたんだから」

 

「……すまない」

 

 

 雫は相変わらず無表情に見えるが、本気で達也のことを心配していたということは達也にも伝わっており、達也は素直に頭を下げる。

 

「水波ちゃんを救出しに行くために国防軍の目を欺く必要があったと深雪から説明されていますが、それでも今後は危ない真似はしないでくださいね? 私、本気で泣いちゃったんですから」

 

 

 ほのかも達也の再成のことは知っているのだが、そのような思考が働く隙が無いくらいショックを受けた。それこそ、動揺し過ぎて周りが冷静さを取り戻すくらい取り乱したのだ。

 

「あの時のほのかは、本当に凄かった」

 

「言わないでって言ったでしょ!? というか、雫だって取り乱してたじゃないの」

 

「さすがにほのか程ではないし、ほのかの動揺を見て私は落ち着いた」

 

「それは……そうだったかもしれないけど」

 

「二人ともお見舞いに来てくれたそうだな。その場にいなかったが、ありがとう」

 

「ううん、私たちだけじゃなかったし、達也さんが本当に怪我をしてなくてよかった」

 

 

 達也の再成は、即死でない限り致命傷を負っても問題ない。だから達也が怪我を負うということはないのだが、それでも雫は本気で達也が怪我を負っていないことに安堵しているようすだ。

 

「そういえば雫、確か航くんも達也さんのことを心配してなかったっけ? ちゃんと連絡してあげたの」

 

「達也さんが無事だって分かってすぐに、航には連絡してある。それがお父さんの耳に入って、そこからお母さんの耳に入ったんだと思う」

 

 

 実は雫は潮に連絡したのではなく、航に達也の無事を連絡したのだ。だが内容が内容だけに潮が航から端末を借りて雫を問い詰めるように達也の無事を確認していたのを、紅音が聞いたのだろうと雫は考えている。

 

「小父さんも小母さんも、本当に達也さんのことを心配してたんだね」

 

「お父さんは兎も角、お母さんは分からない。達也さんのことを素直に認めていないようだし」

 

「雫のお母さんは、俺のことがお気に召さないようだしな」

 

 

 大企業の娘だからという訳ではなく、紅音は雫が危険な目に遭うのではないかと心配して達也との婚約を反対している。雫だけではなくほのかの婚約も反対なのだが、娘と娘のように可愛がっている二人が自分の意志で達也との婚約を決めたのだから、紅音も大々的に反対はできずにいる。だが達也の周りに危険が近づいていると勘付いているのか、今回の事故の後はしきりに達也との婚約を考えなおせとメッセージを送ってきている。

 

「お母さんも、心配し過ぎなんだよ」

 

「仕方ないよ。小母さんは達也さんの魔法を知らないんだから」

 

 

 達也の魔法――『分解』と『再成』ではなく『マテリアル・バースト』。戦略級魔法に分類される、世界の軍事バランスを根底から覆しかねない威力を持つ魔法。抑止力としてこれ以上ない程の威力を持つ魔法の遣い手であるというのは、危険と隣り合わせであるという面と共に、下手に刺激されないという面も持っている。雫とほのかはそのことを紅音に話せたらどうなるか想像して、すぐに頭を振る。

 

「危険な面にしか目を向けないような気がする」

 

「だろうね……ただでさえ一条君が新しい国家公認戦略級魔法師に認められてから、戦略級魔法師と関わりを持つのは危ないって言ってるのに」

 

「そんなこといいだしたら、リーナだって戦略級魔法師だし、深雪だってそれに匹敵するくらいの魔法力を持っているのに」

 

「小母さんは娘の友人関係にまで口を挿むような人じゃないだろうけどね」

 

 

 たとえリーナがあの『アンジー・シリウス少佐』だと話したところで、雫とリーナはただの友人であり同じ達也の婚約者の一人だ。紅音がどうにかできることでもないだろうとほのかは位置づけ、雫もその考えに同意したのだった。




リーナの問題性も心配してたら心労で倒れそう

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