達也が偽装入院している頃、亜夜子は黒羽の仕事の都合で文弥と二人でホテルで生活していた。本当なら今すぐにでも巳焼島に向かい、深雪にも劣らない泣き顔を披露したいのだが、深雪一人で十分な効果を得られたので、亜夜子が巳焼島へ向かう許可は下りなかった。
「姉さん、なんだか今日は機嫌が悪いね」
「別に、そんなことはありませんが?」
「その口調、機嫌が悪い時じゃなきゃ僕にそんな喋り方しないでしょう?」
「……ふん!」
双子の弟に見抜かれ、亜夜子は不機嫌なことを隠そうとすることを止める。既にホテルの中であり、このホテルは四葉の息が掛かったホテルなので、マスコミが紛れ込んでいる心配もない。亜夜子は文弥を正面から見詰め、不機嫌な理由を説明する事にした。
「達也さんが乗った船が襲撃されたのは文弥も知っているわよね?」
「もちろん。でもあれはあくまでも演技で、達也兄さんは既に巳焼島を出たって報告が入ってるよね」
「そうよ。国防軍の無能な上層部たちに邪魔をされないよう、達也さんが襲われたところを見せて、達也さんは巳焼島で入院していると思い込ませるという作戦――だって理解はしているのだけども」
「頭では分かっていても、気持ちは割り切れないって。だから深雪さんもあんなに泣いたんだろうし」
文弥は深雪のあれが演技だとは思っていなかった。誰よりも達也の側にいて、誰よりも達也のことを心配している深雪だからこそ、偽装だと分かっていながらも病床に伏せる達也を見て本気で泣いたのだろうと。
亜夜子も深雪のあれが演技ではなく本気だということは理解しているが、自分だって演技ではなく本気で達也の為に泣くことができると思っている。実際その作戦を聞かされた時に泣きそうになったくらいだ。
「とりあえず、達也兄さんが水波さんを連れ戻すまでは、僕たちはマスコミや国防軍の動きを張ってないと」
「そんなこと、文弥に言われなくても分かっています。それにしても、やはり深雪お姉様の立ち位置は羨ましいですわ……」
「姉さん、怖いって……」
ギリギリと歯噛みする亜夜子を見て、文弥は引きつった表情を浮かべる。婚約者から見れば深雪の立ち位置が一番いいのだろうと文弥も理解しているが、その分背負うものが多いということは分かっているのだろうかと、文弥は双子の姉を見てそんなことを考えていたのだった。
達也が無事に水波を連れ帰ってきて、さらに偽装入院の期間が過ぎてすぐ、亜夜子は報告を兼ねて巳焼島を訪れていた。
「達也さん、この度は退院おめでとうございますわ」
「ありがとう、亜夜子」
空港で出迎えてくれた達也に折り目正しく一礼してから、亜夜子は達也に連れられて応接室へと移動する。ここならマスコミの目や盗聴を心配する必要がないので、亜夜子はすぐに側に控えている水波を見て言葉を掛けた。
「水波さん、無事にUSNAから帰ってこられたようですね」
「ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした」
「水波さんにも考えがあっての行動だったと御当主様からお話を伺っていますので、何故ついて行ったのかなどとは聞きませんが、怖くは無かったのですか?」
「不思議と怖さはありませんでした。ですが……」
「なにかしら?」
「いえ、何でもありません」
水波は達也と日本へ帰る為にエアカーに乗り込んだ時にふと心に浮かんだ感情を思い出したようだったが、亜夜子にはそれが分からない。水波が言葉を濁すなど珍しいとは感じたようだが、それ以上追及することはなく、すぐに興味は達也へ向けられた。
「長時間の飛行魔法の行使をして平然としていられるとは、さすがは達也さんというところなのでしょうか?」
「あの程度なら問題ない。それより亜夜子、報告があったんじゃないのかい?」
「もうちょっと世間話に付き合ってくださってもよろしいんじゃありません? ただでさえ達也さんとの時間が減っているんですから」
「こちらも偽装入院などで時間を無駄にしたからな。世間話はまた次の機会に」
「それなら仕方がありませんわね。それでは早速ご報告ですが――」
亜夜子は達也がUSNAに行っていた間にあった軍内部の動きを事細かに達也へ説明していく。亜夜子の話を聞いて水波は驚いたり信じられないといったリアクションを見せたが、達也の方は全て聞き終えてから一度頷く以外のリアクションを見せなかった。
「だいたい想定内の動きしかしていなかったわけか」
「達也さんが予想した通り、佐伯少将や風間中佐は達也さんが入院などしていないと見抜いていましたが、それを言及することはできませんから」
「そうだな。わざわざ報告ご苦労様」
「達也さん、この後少しお付き合いいただけませんか? このまま本土へ帰るのは、些か寂しいですので」
「少しなら構わない」
達也から言質を取ったことで、亜夜子は達也の膝の上に移動してまったりとお茶を楽しんだのだが、その光景を深雪とリーナに見られ、二人から物凄い殺気を飛ばされたのだが、亜夜子はその殺気に負けることなく時間が許す限り達也の膝の上を楽しんだのだった。
この二人の殺気はヤバい……