劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

216 / 2283
死にはしませんけどね


病院での死闘

 国立魔法大学付属立川病院の面会時間は正午から午後七時まで。現時刻は午後の四時過ぎで花束を抱えたスーツ姿の青年が歩いていても不思議は無い。

 だがその貴公子然とした青年が歩いているのにも関わらず、すれ違う見舞い客や看護師が反応を示さないというのは、奇妙といえば奇妙だった。

 その青年は何度も通っているのか、それとも他の理由で病院内の構造に詳しいのか、案内板に目を遣ることも無く迷いの無い足取りで、音も無く歩いて行く。エレベーターを使わずに階段で四階まで上がり、廊下に出た時点で彼の足は止まっていた。

 自分が訪れようとしている病室の前に、見覚えのある大柄の青年が立ち止まっていたのだ。自分がここを訪ねるのは彼の上司にも伝えてある。ここに入院している少女を見舞う事は、その上司には異議が無いはずで、彼の意図に関わらず青年はそう解釈していたのだ。自分のお見舞いの邪魔をする人間の邪魔をしても、彼との関係には何の問題も生じない事になる。

 周青年は何食わぬ顔で、何の躊躇いも無く非常ベルのボタンを押したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 青年が三階から四階へと続く階段上にある頃、病院のロビーを一組の男女が訪れていた。男性の名は千葉修次、女性の名は渡辺摩利。天才剣士の名をほしいままにする千葉家の次男と、一高の前風紀委員長のカップルである。

 

「シュウ、その……すまない。忙しいのにこんな事に付き合せてしまって」

 

 

 普段は下級生の女子生徒の憧れ的な存在の彼女だが、恋人の前という事で女性的な雰囲気を醸し出している。ただ摩利は恋人と居れるから恥じらいの雰囲気を醸し出しているだけではなく、同時に申し訳なさそうな顔もしていた。

 その理由は、この病院に入院している千秋をお見舞いの名目で尋問する事に修次を付き合せてしまっているからだ。

 しかし修次は心外だという顔で摩利の顔を見下ろした。

 

「水臭いなぁ。そんな事を気にする必要は無いんだよ」

 

「だが、明日は早朝の出航なんだろ? 準備とかあるのに……」

 

「今回はこの前のタイと違って総日程十日の短期研修だ。荷物も大したことないし、摩利が気を遣う事は無いよ」

 

 

 そういって摩利に笑いかけるが、摩利の笑顔の中にまだ気兼ねの色が残ってるのを見て、修次は再び訊ねる。

 

「まだ何か気になる事が?」

 

「……エリカに」

 

「エリカ?」

 

 

 摩利の答えに、修次はまったく予想してなかったという戸惑いが色濃く出た声で返す。

 

「……シュウが長期間家を空ける前の日はいつもエリカに稽古をつけてやってたじゃないか。今日は良いのか?」

 

 

 摩利の問いかけに修次の顔が拍子抜けと苦々しさの同居した複雑な表情に占められた。

 

「エリカだったらクラスメイトと稽古してるよ。なかなか見所のありそうなヤツだったから、エリカも楽しんでるんじゃないかな」

 

「クラスメイト? 男子か?」

 

「単なるお友達だ。間違いない。だからエリカのことは気にしなくて良い。それに僕が摩利と一緒に居たかったんだ」

 

「そんな恥ずかしいことは口にしなくて良い!」

 

 

 年下の彼女を撃沈させ修次がホッとしたのも束の間、突如非常ベルが鳴り響いた。

 

「シュウ!?」

 

「火事じゃない。これは暴対警報だ。場所は四階だ」

 

 

 修次は手際よく壁のメッセージボードから警報の詳細を読み取った。

 

「四階!?」

 

「もしかして摩利の後輩が入院してるのも四階か?」

 

 

 摩利の見せた険しい表情に、修次は他人事では済まされない事態だと理解して摩利を引っ張っていくように修次は階段を駆け上がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如鳴り響いた警報を気にする事も無く、呂剛虎は千秋が入院している病室のドアノブに手を掛けたが、その扉には鍵が掛かっていた。

 暴対警報に対する知識が無く、警報が鳴ったことでロックが解除されるものだと思っていた呂が、いつまで経っても解除されない鍵を壊して入室しようと判断し、扉を引き抜いた直後、呂に対して誰何の声が掛けられた。

 

「何者だ!?」

 

 

 千葉家のお家芸である自己加速術式で階段を一気に駆け上がった修次が、ドアを壊している場面に遭遇して叫んだのだ。

 そして叫んだのと同時に、彼の記憶の中からその答えは引っ張り出されていたのだ。

 

「人喰い虎……呂剛虎! 何故ここに!?」

 

幻刀鬼(ファダオクアイ)――千葉修次」

 

 

 修次の方を向いた呂剛虎の口からも、微かな声が漏れた。それは間違いなく修次につけられた異名であり、修次自身の名だった。二人の視線が交錯した直後、二人の強者による戦いの火蓋が切られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 修次に遅れながらも、摩利も階段を上りきった。そんな彼女の目の前で繰り広げられていた戦闘は、若干恋人の方が不利だった。修次に止めを刺そうとしてる相手に、摩利は攻撃を食らわす。

 自分の不利を悟ったのか、大柄の相手は摩利に一瞬だけ視線を遣って階段から飛び降り、追いかけようとした修次の視界から完全に消え去ってしまった。

 

「摩利、すまない助かった」

 

「シュウ、怪我を……」

 

「大丈夫だよ。幸いにしてここは病院だ。治癒魔法を掛けてもらえば問題は無いよ」

 

「でも、明日の航海は……」

 

「それも大丈夫。相手が相手だから公傷にしてもらえるはずだから」

 

 

 動揺している摩利に、きわめて普段通りに話しかけた修次のおかげで摩利は落ち着きを取り戻す。だがそれと同時に別の気がかりが彼女の中に生まれた。

 

「ヤツは何者だ? 近接戦でシュウと互角とは……」

 

「ヤツの名は呂剛虎。大亜連合本国軍特殊工作部隊の魔法師だ」

 

「呂剛虎……あれがそうか……」

 

 

 修次と並び称される事の多い呂剛虎の名前だけは、摩利も良く知っていた。

 

「摩利」

 

「シュウ、いきなり如何したんだ?」

 

 

 修次はいきなり摩利の両肩を掴んで自分のほうを向かせた。恥ずかしさから摩利は顔を背けたが、ただならぬ口調に表情を改めて正面を向いた。

 

「僕は明日、発たなければならない。こんな時に傍に居てやれないのは気がかりだけど……」

 

「分かってるよシュウ。それで、何が言いたい?」

 

「呂剛虎は姿を消す直前、君の顔を見た。呂剛虎は摩利を敵対者として認識したはずだ。相手は『人喰い虎』の異名をとる凶暴な魔法師だ。力量の方も今見た通り。だから暫くの間決して一人にならないようにしてほしい」

 

 

 大げさではないかと摩利は言いかけたが、修次の真剣な目付きにそのセリフは呑み込まざるを得なかった。

 

「分かった。暫くは誰かと一緒に行動しよう」

 

「ありがとう」

 

 

 修次にお礼を言われ、摩利は恥ずかしそうに顔を背ける。そして誰と行動を共にすれば安全かを考え、一人の後輩が頭の中に浮かんでいたのだった。




あれだけ派手にやれば他の人間も来るだろ普通……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。