学校から帰宅してすぐ、達也はテレビフォンに向かった。呼び出し先は本日二度目の番号だ。
『もしもし』
「司波です」
『あら、一日に二回も電話してくれるなんて珍しいわね』
明るい声で返された答えと共に、大手企業の若手秘書然とした柔らかく微笑みながらも隙の無いマスクが映し出された。
普段はわざと地味目な格好をしてる彼女だが、普通にメイクして普通に着飾ると平均以上に華のあるルックスをしているのが分かる。
「すみません、デートでしたか」
『フフッ、残念ながらお仕事よ。でもこんな時に限ってナンパ君たちにモテちゃうのよねぇ。いい男は居なかったから構わないんだけど』
明らかに酒に酔っている響子だが、達也は電話越しとはいえ面と向かって「酔ってますね」と野暮な事を言うタイプの人間ではない。
響子が仕事中に使っている情報機能を極限まで強化した自分の車に乗っているのに酔っているという事は、隣りに誰かが居ると考えるのが普通だ。
『あ~あ……どっかに達也君みたいなカッコいい男の子が居ないかしらね』
響子はいっそう色っぽい表情を浮かべてそんな事を言い出した。しかも意味ありげなウインクまで添えて……
「そうですか。実はご相談したい事があったんですが、明日にした方が良いですか?」
『クールねぇ……まぁそれでこそ「最も自由な者」の名を冠するに相応しいのでしょうけど』
「俺が『最も自由な者』だなんて、皮肉が効き過ぎてますけどね……ところで」
『大丈夫よ、今は一人だから。だから込み入った話でも大丈夫よ』
「実は今日、学校で強盗に遭いまして」
『強盗? 今朝相談してもらった件よね? 遂に実力行使?』
「ええ、催眠ガスを使われました。幸い未遂で終わったんですが」
『ゴメンね。私たちが無理を押し付けてるから……』
「軍だけに義務付けられてる訳ではありませんから」
申し訳なさそうに頭を下げた響子だが、謝った方も謝られた方も全く本心ではないセレモニー的な遣り取りなのでどちらも気にした様子は無かった。
「その際に盗難未遂の現場を映像に記録しました」
『へぇ……如何やって?』
「独立稼動が可能なセキュリティ端末に記録させました」
「あっ、3Hね。そういう趣味があったんだ」
「違います。場所がロボット研究部の部室で、3Hはそこの備品です」
3Hは精巧過ぎる外見から、一部の特殊嗜好者御用達という偏見を持たれている。それを知ってるから達也は言葉を濁したのだが、響子には通用しなかった。
「その映像をお預けしますので、調べてもらえませんか?」
『何が映ってるのかしら』
「窃盗未遂犯と彼が使ったツールです。ハッキングを仕掛けられたCADのログも添付しておきます」
『なるほど、達也君はそろそろ狐を仕留めろと私に言ってるのね?』
「そんな偉そうな言い方をするつもりはありませんが、内容はその通りです」
『分かったわ。隊長からもそろそろ片付けるように言われてるのよ。前にもらったログで絞り込みも出来てるから、一両日中には捕まえられると思うわ。吉報を待っててね』
気負いも見せずに響子はそう予告した。達也は一言礼を述べてデータを響子の端末へ送って通信を切った。そのタイミングを見計らったのかと思うくらいのタイミングで、今度は端末に通信が入った。
「もしもし」
『達也殿、今大丈夫ですかな?』
「葉山さん? 大丈夫ですが何かありましたか?」
『詳しい内容は真夜様からお聞きください』
四葉家筆頭執事からの電話に、達也は首を捻った。今の状況で四葉が動くような事件は起きてないと達也は思っていたのだ。
「分かりました。問題ありませんので叔母上に代わってください」
『承知しました。達也殿、お疲れでしょうがよろしくお願いしますぞ』
報告と同時に真夜の我慢の限界が来たのかと、達也は内心ため息を吐きながら真夜が声を発するのを待った。
『たっくん、久しぶり~! 最近全然会えないし、電話も無くって寂しかったよ~!』
「前にも言いましたが、俺は叔母上に気軽に会える立場ではありませんし、電話だってそうそう出来る訳でも無いんですが」
『でもでも~たっくんは愛しの甥っ子なんだから、そんな事気にしなくても良いのに~』
相変わらず何故溺愛されてるのかが分からない達也は、電話越しとはいえ困惑の表情を浮かべた。もちろんそんな事は真夜には分からないのだが。
「それで叔母上、何かあったのですか?」
『そうそう。国立魔法大学付属立川病院で騒ぎがあったみたいなの。公にはならないだろうけども、病院を襲ったのは呂剛虎で、ターゲットはたっくんの同級生の小娘だったみたいよ。偶然居合わせた千葉修次に撃退されたらしいけど、身柄を拘束出来なかったからもう一回現れる可能性があるんだって』
「……何処から情報を集めてるんですか」
『ひみつー!』
達也も情報源を教えてもらえるとは思ってなかったが、楽しそうに答えた真夜に激しい頭痛を覚えてその場にしゃがみこんだ。
「千葉修次が居たのはおそらく、第一高校前風紀委員長の渡辺摩利に連れられての事でしょう。二人は恋人関係にありますからね」
『そうなんだ~。それにしてもたっくんの周りでは事件が起こりすぎだよ~。三年前然り、四月の事件然り』
「ご心配していただかなくても深雪の身は俺がしっかりと守ります」
言外に増援を送るかと訊ねてきた真夜に、こちらも言外に拒否の返事をする達也。仲がいいとは言わないが、この二人は互いに言いたい事を言わなくても理解出来る間柄なのだ。
『呂剛虎の事はこっちでも調べておくけど、たっくんも一応は気にしといてね』
「分かりました」
話しは終わったようなので達也が通信を切ろうとしたら真夜が慌てたような声で話しかけてきた。
『そうだった!』
「何でしょうか?」
『九校戦に続いて論文コンペでも代表に選ばれたんだって? さすがたっくん! 私の自慢の甥っ子だわね!』
「……毎度毎度何処から情報を仕入れてるんですか」
深雪の護衛から聞いているのだろうが、達也は聞かずには居られなかった。前回のように選ばれた当日に電話を掛けてこないだけマシなのだろうが、普段四葉本家から出ない真夜が自分たちの近況を知っているのは些か気分が良いものでは無いのだ。
『愛しいたっくんの事なら何でも知ってるよ~。平河って姉妹とデートした事や、さっきまで藤林さんに電話していた事もね~』
「………」
やはりタイミングを計っていたのかと、達也はため息を吐きたい衝動に駆られたが実際にはため息を吐く事は無かった。
『それじゃあ、深雪さんにもよろしくね』
「分かりました」
『それから! 偶には会いに来てくれるとうれしいな~』
「……機会がありましたら」
『機会はあるものじゃなくて作るものだよ~』
それだけ言って満足したのか、真夜は通信を切った。達也はヤレヤレと首を振りながら部屋に戻るのだった。
要望があったので真夜を登場させました。無理は無いはず……完全に脱線ですけどね。