クラークはフリズスキャルヴを知られていた衝撃から何とか立ち直り、達也がミッドウェーとパールアンドハーミーズを襲撃した犯人だと断定して、反撃するなら今だと力説する。
「最早、軍事行動を躊躇うべきではありません。司波達也は高い確率で、恒星炉プラントを建設中の島に滞在しています。これはチャンスです」
「フム……。首都近郊に対する攻撃には日本政府も黙っていないだろうが、百キロ以上沖の島ならば、奇襲が成功する可能性も低くないか……」
スペンサーは思わせぶりに一呼吸置いた。そして、貫くような視線と共に問いかけを放つ。
「だが……、勝てるのかね?」
クラークは無意識に、唾を呑み込んだ。
「……生易しい相手でないのは、理解しています」
「そうだな。相手は大小合わせて百隻以上の艦艇を海軍基地ごと纏めて吹き飛ばす魔法の遣い手だ。物量は意味をなさないだろう」
「閣下。その結論は早計だと思われます」
スペンサーが眉を上げて、説明を要求する。クラークはここぞとばかり、身を乗り出した。
「確かに、司波達也に対して大規模な艦隊による攻撃は無意味でしょう。爆撃機の大編隊を送り込んでも、あの魔法の餌食になるだけです。しかしあの魔法『マテリアル・バースト』は、あくまでも一点に超強力な爆発を引き起こすもの。多方向からの攻撃に、同時に対処できるものではありません」
クラークが熱弁を振るう。だが残念ながら、スペンサーには感銘を受けた様子が無かった。
「何故、そう言い切れる?」
冷静な、というより冷たい声の反問に、クラークは即答できなかった。
「戦略級魔法『マテリアル・バースト』を連発出来ないというのは楽観的な予想に過ぎない。『マテリアル・バースト』について分かっているのは質量をエネルギーに変換しているということだけで、それだって結果から推測しているに過ぎない。あれほどの破壊力を生み出す為には、質量を直接エネルギーに変換しているに違いない、とね」
「………」
「実際には、魔法のメカニズムも限界も分かっていない。違うかね?」
クラークはスペンサーの指摘に反論できなかった。
「……しかし、ステイツにテロを働いた者を放置しておけません」
辛うじて彼にできたのは、このように論点を変えることだけだった。
「その点については、君の言う通りだ」
そしてその戦術は間違っていなかった。
「だからと言って、多数のステイツ将兵を犠牲にする作戦は許可できない。――ミスター・クラーク、私の言いたいことは分かるな?」
「理解出来ます」
クラークはすぐに頷き、こう付け加えた。
「ところで閣下。人間以外の犠牲も回避すべきでしょうか」
「おかしなことを言うのだな。ミスター・クラーク、連邦軍はステイツの国民で構成されている。国民の義務を負い権利を持つのは、ステイツの国籍を有する全ての人間だ」
クラークの質問に対して、スペンサーはこう答えた。
国防長官との面談を終えたクラークは、その足でブラジルに飛んだ。機中で一泊し、現地時間七月二十五日朝、プレジデント・ジュセリノ・クビシェッキ国際空港から首都ブラジリアのUSNA大使館へ。大使館員の案内役と共に、今度は国内線で西部のカンポ・グランデ国際空港へ向かう。目的地であるブラジル陸軍西部軍司令部に到着したのは現地時間で同日の午後四時、日本時間七月二十六日午前四時のことだった。そこではブラジル陸軍西部軍参謀長フィーリョ少将と、ミゲル・ディアス少佐がクラークを待っていた。
ミゲル・ディアスは国家公認戦略級魔法師『十三使徒』の一人で、戦略級魔法『シンクロライナー・フィージョン』の遣い手。彼は今年、二〇九七年三月末、武装ゲリラの拠点に向けてその魔法を使用することで、その後立て続けに起こった戦略級魔法、大規模戦術級魔法の実戦投入の口火を切った。
その時点ではまだ、世界には戦略級魔法の実戦使用に対する忌避感が残っていた。その為か、シンクロライナー・フュージョン使用の後、ブラジルは国際社会から非戦闘員虐殺の非難を浴びた。ブラジルは虐殺を否定したが相次ぐ非難を無視することはできず、その後の戦闘でシンクロライナー・フュージョンの使用を控えている。
この対応にミゲル・ディアスが不満を覚えているのは、想像に難くない。ディアスはブラジル陸軍所属の正規軍人だ。戦略級魔法の使用は、言うまでもなく彼の独断ではない。上官の命令に従った結果だ。だが国際社会の非難を浴びたブラジル政府は、ディアスの処分を発表した。
処分と言っても二週間の謹慎という軽いものだったが、ディアスにとって納得できるものであろうはずがなかった。最初の内は国際世論に対して強気な態度で臨んでいたブラジル政府だが、高まる非難に耐えきれずに言い訳のようにディアスを罰したのだ。ミゲル・ディアスにしてみれば、自分一人に責任を押し付けられた格好だ。
無論政府は貴重な戦略級魔法師に対するフォローを忘れなかった。多額の一時金を支給し、謹慎期間中は政府高官御用達の高級リゾート施設に家族全員を招待した。無論、全ての費用は政府持ちだ。これとは別に当該リゾートの会員権を特別に発行し、それ以外にも首都の超法規的高級クラブを紹介するなど、特権階級に仲間入りした政治家だけに許されるようなお楽しみをディアスに提供した。それに加えて軍人としても、来年度の昇進を内密に確約している。
非情にならなければいけない立場なのかもしれないが、この考え方は好きじゃない