劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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唆す力だけは一級品


クラークの口車

 それだけの特典を付けたのだ。客観的に見ても、最大限のフォローを行ったと言えるだろう。それが功を奏したのか、ディアスがブラジルから離反するという最悪の事態には至らなかった。しかし、両者の溝が完全に解消されたわけでもなかった。

 不満を懐いているのはディアスだけではない。頭を下げさせられた政府の高官も、心の中に反感を隠していた。本音では「たかが兵器の分際で」と政治家は思っているのだった。

 侮蔑の念は、隠そうとしても完全に隠しきれるものではない。そのような高官の本音が政府に対するディアスの隔心を更に増幅していた。ブラジル政府とディアスの関係は、この時点でかなり危うくなっていたのである。そこに、クラークは付け入る隙を見出していた。

 

「ディアス少佐。我が国は、貴官の御力を必要としています」

 

 

 ディアスが見せた反応は、クラークを無言で見返すだけだった。だがその素っ気ない態度に、クラークは確かな手応えを感じた。

 

「我々は日本に対する大規模な軍事作戦を計画しています」

 

「日本は貴国の同盟国では?」

 

 

 唐突の感を免れないクラークのセリフに、フィーリョ少将が当然とも言える疑問を差し挟む。

 

「確かに閣下の仰る通りですが、我々の攻撃目標は日本政府や日本軍ではありません。我が国の軍事施設に非合法の攻撃を行ったテロリストです」

 

「貴国の基地を攻撃したテロリストが日本に潜伏していると? 日本政府はそれを知っているのですか?」

 

 

 フィーリョ少将の質問に、クラークは僅かな逡巡を見せた。

 

「……おそらく知らないでしょう」

 

「おそらく? もしかして、問い合わせていないのですか?」

 

 

 フィーリョが大袈裟に驚いて見せる。

 

「では、軍を動かすことも日本政府は了解していないと」

 

「テロリストの引き渡しを要求しても、ほぼ間違いなく日本政府は応じません。我が国の軍事施設にテロを仕掛けたのは、非公認戦略級魔法師・司波達也ですから」

 

「司波達也!? あのトーラス・シルバーですか?」

 

 

 今回フィーリョ少将が見せた驚きは、演技ではなかった。

 

「あの者がテロを働いたというのは確かな事実なのですか? それに彼が戦略級魔法師だというのも初耳ですが」

 

 

 達也が戦略級魔法師であることは、USNAの上層部では既に公然の秘密と化している。日本でも十師族当主やそれに近い人々の間に知れ渡っている。

 しかし、公表されている情報ではない。世界的に見れば、まだまだ知らない者――知る者のいない国の方が多かった。

 

「司波達也は『灼熱のハロウィン』の通称で知られる大量破壊・大量殺戮を引き起こした質量・エネルギー変換魔法『マテリアル・バースト』を使う戦略級魔法師。これは確実な情報です」

 

「灼熱のハロウィン……。あの魔法の遣い手ですか」

 

 

 呆然とフィーリョ少将が呟く。一方で、ディアスは沈黙したままだ。

 

「……しかし、貴国の基地が大規模魔法に見舞われたという話は耳にしておりません。二年前、極東で使用されたような魔法が使用されれば、どれ程厳重な報道規制を敷いても隠せないと思いますが」

 

 

 フィーリョの指摘に、クラークが一瞬だけ苦い表情を浮かべる。

 

「……今回のテロ攻撃で司波達也はマテリアル・バーストを使用しませんでした」

 

「それで襲撃犯が司波達也であると断定した根拠は?」

 

 

 クラークは俯いてフィーリョの視線から目を逸らした。

 

「――状況から見て、実行犯はあの者に間違いありません」

 

「つまり物証は無いと?」

 

 

 問い詰めるフィーリョ。クラークは即答できない。

 

「ミスター・クラーク。貴方は何者かに基地が攻撃されたのを逆用して、貴国の脅威となり得る戦略級魔法師の排除を目論んでいるのではありませんか? 元々ディオーネー計画も、その為のものだったのでは?」

 

「参謀長閣下。良いではありませんか」

 

 

 答えに窮したクラークを救ったのは、ディアスだった。

 

「非公式の作戦に明確な根拠など必要ないでしょう。脅威に感じている、それだけで兵を派遣する理由としては十分です。それにこちらとしても、侵攻作戦の援軍を正式に求められるより秘密作戦の方が日本との外交を考えれば都合が良い。いざとなったら俺の独断ということにしてしまえば、ダメージは最小限に抑えられます」

 

「少佐はそれで良いのか?」

 

 

 フィーリョがそう尋ねたのも当然だろう。ディアスは言外に、いざとなれば自分を切り捨てろと言っているのだ。フィーリョの問いかけには、自棄になった部下を案じているニュアンスがあった。

 

「現状も大して違わないでしょう」

 

 

 ディアスの答えは、政府を批判するものと受け取られても仕方のない放言だった。

 

「……そうだな」

 

「それに……いえ」

 

「それに、なにかね。少佐、客人の前だからといって、遠慮しなくても良い」

 

「……魔法を使えない魔法師に価値はありません。それと同じように、シンクロライナー・フュージョンを使えない俺は無価値です」

 

「少佐は魔法を使えないのではなく、使わないだけだろう」

 

「使う機会がない。使う能力がない。どちらも結果は同じです」

 

「使わなくても、使えるという事実が抑止力となる。戦略兵器とはそう言うものだ」

 

「しかし政府は、シンクロライナー・フュージョンの実戦投入を非難する国際世論を受け容れた。もう俺の戦略級魔法は使わないと認めたも同然ではありませんか。ゲリラ連中も、きっとそう考えていますよ」

 

 

 今世紀の世界大戦後、南米大陸で国家の態を成しているのはブラジルのみ。他の地域は数百平方キロメートルの狭い地域を辛うじて勢力下に置く武装集団がテリトリーを奪い合っている。ちなみに日本の淡路島が約六百平方キロメートルで、南米大陸においてそれ以上の面積を掌握している武装集団は一割程度しか存在しない。




戦闘狂は簡単に騙せるようだ
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