色々あった日曜日が明けて月曜日、深雪がキャビネットから出てくるのを待っていた達也は、停車したばかりの二つ後ろの車両にクラスメイトが同乗しているのに気が付いた。
達也の視線に気づいたのか、並んで座っていた男女は、揃って口を開けていた。
「お兄様、何か面白いものでも?」
キャビネットから上品な挙措で降りてきた深雪が、達也の視線の先を辿る。
「あら」
兄妹の視線の先、二つ後ろのキャビネットのフロントガラスの向こう側で、エリカとレオがぎこちない愛想笑いを浮かべていた。
「……なぁ、何で今朝はこんなに早いんだ?」
駅から学校までの道のりが同じなため、今日の通学路は四人連れだ。暫く歩いてから、レオが不機嫌な声で訊ねてきた。
「いよいよ今週一週間だからな。朝から色々と予定が入ってるんだ」
レオが一方的に機嫌を害していて、八つ当たり気味に達也に話しかけてきたとしても、達也はそれに畏れ入る小心者ではなかった。
「レオの方こそ如何してなんだ?」
現時刻はいつもより一時間早い時間だ。達也には論文コンペの追い込みという理由があるが、客観的に見て達也よりこの時間にこの場所に居るのがおかしいのはレオとエリカの方なのである。
「エリカも今日は随分と早起きね?」
達也の質問にレオが窮しているのを見て、兄が追い討ちを掛ける前に深雪がエリカに言葉の矢を射掛けた。
「アタシは大抵早起きだけど」
「そう? じゃあ今朝は西城君が早起きだったのかしら?」
独り言のようにつぶやかれた深雪のセリフに、エリカの足が止まる。こんな事を言われてそのまま立ち去るのは彼女には耐え難い事だったのだ。
「ちょっと深雪! まるでアタシが毎朝コイツを起こしに行ってるみたいな言い方止めてくれない!」
「そうだぜ! どっちかっつうと、俺の方が起きる時間は早かったんだ!」
エリカの反撃は、レオの薮蛇で台無しになってしまった。
「「「………」」」
「……え? 何この雰囲気?」
自分が引き起こした状況が理解できないレオ。エリカは無言でレオを睨み付け、達也と深雪はポーカーフェイスを保っていた。
「……何で黙ってるのよ」
「まぁ……早起きは三文の徳だよな」
顔を赤らめて涙目になっているエリカに追い討ちを掛けるほど、達也も鬼畜ではなかった。兄の隣で困惑の笑みを浮かべている深雪と、尚も首を傾げているレオの姿は、ある意味で好対照だった。
始業時間が近づいて達也が教室に戻ると、へそを曲げたエリカを美月が懸命に宥めている真っ最中だった。
「あっ、達也」
縋り付くような声を掛けてきたのは幹比古、その言葉だけで達也は美月が地雷を踏んで幹比古が火を煽ったのだろうと手に取るように理解した。
「エリカ、いい加減に機嫌を直せって」
そっぽを向いていたエリカの頬に、手に持っていたボトル缶を軽く触れさせた。
「熱っ!? 何するのよ!」
「ほら」
何時もより五割増しくらい攻撃的になっているエリカの手の中に、達也はココアの缶を滑り込ませた。
「熱っ」
お手玉しながら同じ言葉を異なる声色で発して、エリカは戸惑った目を達也に向けた。
「甘いものを飲むと気持ちが落ち着くそうだぞ?」
「……フン。こんなものじゃ誤魔化されないんだからね」
そういいながらキャップを切って口をつけたエリカの頬が少し緩んでるのを見て、達也はおかしそうに目を細めた。
「……あによ」
達也の表情を見たエリカが詰め寄る。だがその語調はまだまだ拗ねを含むものの随分緩和されたものになっており、若干甘えてるようにも見えた。
「新しい魔法を教える為に千葉一門総掛かりでレオをしごいてたんだろ? 別に下衆な勘繰りはしてないから機嫌直せよ」
詰め寄ってきたエリカの髪を撫でながら、達也がそういうと、エリカはかなり驚いた表情を浮かべていた。
「もしかして達也君って千里眼?」
「いや、遠隔視のスキルは無いが。レオの気力が消耗して、その反面で魔力が活性化してるようだったからな」
「いや、気力とか魔力とか、そんな当たり前のように言われても……ううん、今更か」
気持ちよさそうに髪を撫でてもらっていたエリカだったが、いい加減恥ずかしくなったのか達也から離れた。
「ところで達也、昨日は大変だったんだって?」
「昨日? ああ、随分と耳が早いな。ところで幹比古、一昨日は何があったんだ?」
意趣返しでは無いが、達也は幹比古にそう訊ねた。途端に幹比古と美月の顔が真っ赤に染まり、エリカとレオの興味を引かせた。
「何々、何があったのよ」
「幹比古、白状しろ」
エリカとレオの興味を幹比古に逸らせた達也は、関本勲の事を考えていた。既に背後関係の洗い出しはエレクトロン・ソーサリスの異名を持つ響子に任せてある。彼女が一両日中と言ったのだから本当にそれくらいの時間で終わるのだろう。
だがそれとは別に、達也は関本が何故自分を襲ったのかに興味があった。特殊鑑別所に収容されている関本に面会するには、風紀委員長の委任状が必要になってくる。達也は放課後に花音に頼んでみようと考えていた。
すると教室の外から彼を呼ぶ声が聞こえてきた。
「達也君は居るかい?」
女子生徒がざわめき出したのと、エリカの機嫌が再び下降気味になったので、達也はその声の持ち主を確認する事無く誰かを判断した。もちろんそんな事が無くても声だけで判断可能なくらい付き合いがあるのだが。
「何か用でしょうか、渡辺先輩」
「さすがだな。声だけで分かるとは」
「先輩の声は特徴ありますから。ところで……昨日は大丈夫でしたか?」
達也の問いに摩利は少し驚いた表情を浮かべた。否、少ししか驚いていなかった。
「やはり知っていたか」
「それなりに情報網を持ってますからね」
「そうか……明日あたしと真由美で関本に面会に行くのだが、達也君も一緒に如何だ? 君は襲われた張本人だし、その耳で真実を聞く権利があるからな」
「ご一緒しても構わないので?」
「もちろん。それに……真由美だけでは戦力的にな」
摩利が言わんとしてる事を達也は瞬時に理解して、それならそうとはっきり言えばいいものをという意味を込めて摩利を見た。
「恋人……千葉修次さんの怪我は大丈夫だったのですか?」
「まぁ一応は……病院に来て怪我して如何するんですかと怒られていたが」
「ごもっともだとは思いますがね」
看護師が言ったセリフに達也は同意して、明日の放課後二人に随行する事を約束して摩利と別れた。そろそろ本当に始業のチャイムが鳴るという事で、摩利は慌てて教室に戻っていくのだった。
お友達判定のレオより、達也に甘えさせた方が良いかなーってことでこんな感じに……