劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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彼女一人で十分


代役無し

 リーナとのコンタクトを切ってすぐ、実は手が届く位置に座っていた深雪を促して、達也は二人でヴィジホンの受像機を兼ねる壁面ディスプレイの前に立った。コールした先は四葉本家。画面に登場した葉山は、達也のリクエストに応じてすぐに真夜と交代した。

 

『達也さん、こんばんは』

 

 

 先に話しかけたきたのは真夜だった。時刻はまだ四時過ぎだ。「こんばんは」より「こんにちは」の方が妥当だろう。達也の方は、そんなことで悩む必要は無かったが。

 

「失礼します、母上。ただ今、お時間はよろしいでしょうか」

 

『大丈夫よ。予定通りですもの。リーナさんの件ね? カノープス少佐とは無事に合流できたのかしら?』

 

「はい、本人がそう言っていました」

 

 

 リーナを『バージニア』に送っていった件は、当然ながら事前に真夜も了解済み。先程リーナと話をしたのも、その結果を真夜に報告するのもあらかじめスケジュールに組まれていたことで、後者はリーナも了承済みだ。

 

『それで、リーナさんはこれからどうすると?』

 

「帰国して身辺を整理すると言っていました」

 

『そうなのね』

 

 

 達也の報告を聞いて、真夜は意外そうな顔を見せなかった。それは深雪も同様だ。彼女はリーナと会話する達也の言葉からだいたいの内容を理解していたが、リーナがこのまま帰国すると知っても、動揺は見せなかった。二人とも――達也を含めて三人とも、リーナが帰国を選ぶと予想していたのだろう。

 

『ところで達也さん、リーナさんの代わりは必要かしら?』

 

 

 真夜の言葉は、深雪を護衛する者の派遣要否を問うものだ。水波にはもう、ガーディアンが務まらないことを真夜は承知している。昨日まではリーナが水波の代わりに同性の護衛役を務めていた。

 

「いえ、不要です」

 

 

 即答する達也。彼が護衛の追加を断ったのは、水波の心情を慮ったのか、すぐに代わりを呼ぶのがリーナに対して薄情だと考えたからか、それとも、もっと別の理由によるものか。その真意を確かめるように、真夜がカメラの向こう側で目を細めた。

 

『……分かりました。必要性を感じたらいつでも言いなさい』

 

「恐縮です」

 

『他に何か、話しておきたいことはあるかしら』

 

「いえ、何も」

 

『そう。達也さん、今日はご苦労様でした』

 

 

 真夜のねぎらいを受けて、達也が頭を下げる。彼が顔を上げた時には、ディスプレイは暗くなっていた。

 

「達也様、お疲れさまでした」

 

「深雪も、わざわざ済まなかったな」

 

「いえ、リーナや水波ちゃんの件に、私も無関係ではありませんので」

 

 

 

 真夜との会話に一言も口を挿まなかった深雪が、自分が達也の背後に控えていた意味をしっかりと理解していたと告げると、達也は満足そうに頷き、ディスプレイ外に待機していた水波に視線を向ける。

 

「聞いていた通りだ。お前の代わりが来ることは無い。ガーディアンとしては深雪の役に立てないかもしれないが、メイドとして深雪を支えてやって欲しい」

 

「かしこまりました。この身が滅ぼうとも、深雪様の役に立ってみせます」

 

「別にそこまでの覚悟は必要ない。もう命を懸けるなど考える必要もない。水波は四葉家にとって――俺たちにとって必要な存在だからな」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 達也のセリフがお世辞なのか、それとも本心なのか水波には分からない。だがその言葉が何よりも嬉しいものだと感じられるくらいには、精神的余裕は戻ってきていたようだ。満面の笑みで頭を下げている水波を見て、深雪もつられて笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハワイ州オアフ島、現地時間七月二十八日午前九時。日本時間二十九日午前四時。ブラジルからの直行便でホノルルに着いたエドワード・クラークは、その足でパールハーバー海軍基地に向かった。

 クラークは酷く焦っていた。原因はホノルルに向かう機中で手に入れた、司波達也退院のニュースだ。達也の怪我が治ったことに、ショックを受けたのではない。クラークは最初から、達也の入院は偽装だと確信していた。退院は、偽装の必要がなくなったということ。つまり、反撃の準備が整ったということではないか……クラークは、そんな焦りに捕らわれたのだった。

 論理的に考えれば、クラークが懐いた焦慮には何の根拠もない。彼が主導したディオーネー計画は完全に勢いを失っている。世界は今や、より具体的な利益が見込まれる恒星炉プラントの方に関心を寄せている。

 仮にディオーネー計画に沿って金星開発が開始されたとしても、達也に参加を強制することは、もうできないだろう。ディオーネー計画は達也がいなくても実行可能だが、恒星炉プラントは達也を抜きにしては成り立たないからだ。つまり客観的に見て、クラークは達也にとって既に脅威ではなくなっている――クラークが何もしなければ。

 彼の焦りは、敗北を認められないが故のものかもしれない。チェックメイトが見えているからこそ、勝敗をひっくり返す賭けを急いでいるのだろう。そしてここパールハーバーには、逆転の一手が用意されているはずだ。クラークはそれを自分の目で一刻も早く確かめたかった。長旅で疲れた彼にとって幸いことに、空港と基地は隣り合っているようなものだ。休憩時間を挟まなくても、負担にならなかった。




むしろリーナの方が不足してたような気も……
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