劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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後者は催眠なんだろうか……


催眠と催眠

 千秋は窓の無い病室でため息を吐いた。暇でしょうがないのだ。千秋がここに居るのは病気でも怪我でもなんでも無いのだ。

 

「退屈……」

 

 

 牢屋行きでもおかしく無い事をしたという自覚は千秋にもある。だからこそこうして自由を奪われる事に不満を述べるつもりなどは無いのだが、とにかく退屈だったのだ。

 千秋は別にテレビやらゲームやらと贅沢を言うつもりは無かった。暇さえつぶせればネットにつながらない安物の書籍デバイスでも十分だと思っている。もしくは強制労働でもいいので、とにかく何もせずにボーっと過ごすのだけは勘弁してもらいたいと思っているのだ。

 

「今日は面会が全面禁止だってさっき言ってたし、誰かが来て話し相手になってくれるなんて事も無いだろうしな……」

 

 

 昨日の襲撃事件を鑑みての事だと、さっき看護師が言いに来たのだ。消防署ではなく警察に直接つながる非常ベルを鳴らされたのだから仕方ない事だろうと千秋にも理解できた。

 

「そういえば私、何で司波君に敵意むき出しだったんだろう……」

 

 

 冷静になれる事で、千秋は自分が達也に何で敵意を持っていたのかを考え直す。

 姉の小春がコンペの代表を辞退したことで達也が代役に選ばれたのは、小春の推薦と鈴音の判断によるもので達也はそこに関与していない。

 そして小春が辞退する原因となった小早川の事件に関しても、達也が確実に気が付いていたという証拠は何処にも無いのだ。

 自分が敵意を向けていると気づいていても、達也は自分に優しかった。髪を撫でられて気持ちよかったのをはっきりと覚えていた。

 

「失礼しますよ。お加減は如何ですか、千秋さん」

 

 

 ドアがノックされ千秋が遠隔操作で鍵を開けると、ドアを開けて入ってきたのは思いがけない人物、見舞いに来るならこの人だろうと考えていた青年だった。

 

「周さん? 如何して……今日は面会出来ないはずじゃ?」

 

「とっておきを使いました」

 

 

 そういって周は千秋に花束を見せる。

 

「とっておき……魔法ですか?」

 

「いえいえ。魔法とは少し違うものです。魔法など無くても人はいくらでも奇跡を起こせるのですよ。まぁ、奇跡と言うには些細な業ですが」

 

「あの、周さん私……本当に色々と力を貸していただいたのにうまく出来なくて……」

 

 

 謝罪の言葉を言いかけたその直前、彼女の目の前に花束が差し出される。先ほど千秋に見せたのと同じ花束だ。

 妖しくも美しい、目を離せなくなる不思議な魅惑を醸し出すその花束に意識を奪われ、千秋は周の声が少し遠くに聞こえた。

 

「そんな事は気にしなくて良いんですよ。私がした事など気にしなくて良いんです。でももしもそれが貴女の悔いになるのなら、貴女の重荷になるのなら、全て忘れてしまえば良いんです」

 

「忘れる?」

 

 

 無意識に漏れたつぶやきに、自分が何を言ってるのか意識せず千秋は自分の声を聞いた。

 

「そう、忘れてしまいなさい。私の事も、司波達也を憎んでた事も」

 

「忘れる……忘れればいいの?」

 

「ええ、忘れれば良いのです」

 

「分かった……忘れる事にする」

 

 

 千秋は自分自身に忘却を命じ、周の事も、達也を憎んでた事も忘れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十月二十五日火曜日の放課後、達也は摩利、真由美と共に関本が拘留されている八王子特殊鑑別所へ向かった。

 論文コンペまで後五日、準備はまさしく最後の追い込みに入っていたが、達也の分担は順調に仕上がっており、二、三時間手を離すくらいの余裕は十分にあったのだ。

 実のところエリカやレオ、幹比古も来たがっていたのだが、摩利とわだかまりのあるエリカや、上級生のあまり親しいとは言えない女子との行動は純情な男子高校生にはハードルが高かったのだ。まぁ委任状は達也を含め三人分しか出てないのではじめから無理だったのだが。

 ちなみに生徒会の仕事で抜けられなかった深雪は、現在生徒会室に吹雪をもたらしているのだが、その事は達也も特に気にしていなかった。

 関本が拘束されている部屋の隣の部屋に真由美と達也、関本が拘束されている部屋に摩利がそれぞれ足を踏み入れた。

 

「渡辺、何をしに来た?」

 

 

 ベッドに座ったまま関本は左手首をさすっている。おそらく取り上げられたCADを無意識の内に探しているのだろう。

 

「もちろん事情を聞かせてもらいに来た」

 

「い……いくらお前でもここでは魔法は使えないぞ!」

 

 

 関本の指摘は本来正しい。法を犯した未成年の魔法師を拘留する施設なのだから、魔法を感知する装置は至る所に設置されているし、魔法の発動が確認されれば無力化ガスが噴射されたりゴム弾の銃座が起動したり、アンティナイトを身につけた警備員が駆けつけたりする――監視システムが正常に機能していれば。

 

「あまり時間が無いからな。要点だけ聞かせてもらおう」

 

 

 既に手遅れと知りながら、関本は息を止めた。もちろん息を止めた程度で何とかなる魔法では無いのだが。

 

「匂いを使った意識操作ですか?」

 

「達也君、見るのは初めて?」

 

「初めてです。おおっぴらに使われてもこちらが困ってしまいますが」

 

 

 達也のセリフに真由美は同意した。魔法の使用は法令で厳重に制限されており、その上これは洗脳にも使える技術だ。気軽に使われては周りが悩む事になる。

 真由美と会話をしながらも、関本の自白を聞き逃してはいなかった。達也の意識を刺激したのは、『デモ機のデータを吸い上げた後、自分の私物を調べる予定だった』という告白で、摩利が目的を問うと、関本は『宝玉の聖遺物』だと答えた。

 

「……達也君、そんなもの持ってるの?」

 

「いえ、持っていません」

 

「でも……」

 

「少し前から『賢者の石』絡みでレリックの事を調べてましたから、それを勘違いしてたんじゃないでしょうか」

 

 

 生徒会選挙前日にも使った口実で、真由美もそれを覚えていたので、真由美からの更なる追求は無かった。といっても達也の説明を全面的に信じた訳ではなく、それどころでは無くなったというのが主な理由だった。

 達也がもっともらしい嘘を吐いた直後、八王子特殊鑑別所内に非常警報が鳴り響いたのだった。




千秋は大幅改変します

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