劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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歯向かう相手を間違えてる


四葉家の反撃

 七月三十日夜。この時点ではまだ、日本政府は国防軍も含めて、ハワイを出港した強襲揚陸艦『グアム』の目的に気付いていない。もし差し迫った脅威を認識していたら、悠長に内輪揉めなどしていなかったかもしれない。

 いや、国防に関する主導権争いはあっただろうが、深刻な暗闘を引き起こすと予想される強引な手は避けただろう。だが実際には、巳焼島に守備隊を置く手続きが島の所有者である民間会社の応諾を得ることなく進められていた。

 佐伯少将が主導するこの動きには、国防軍内部にも問題視する向きがあった。法的な措置を行わずに行政的な手段だけで私有地を軍が強制的に使用して良いのかという筋論から、八平方キロの小さな島に陸上部隊を配備する実効性への疑問、陸軍の将校が島嶼防衛を主導することへの反発、そして島の真の所有者である四葉家と対立することへの恐れ。

 だがそれらの反対を押し切って、巳焼島への守備隊駐留はまさに実施されようとしていた。具体的には既に駐留部隊の選定は終了し、島を名義上所有する企業には八月一日に事後承諾の形で通知する予定になっている。四葉家が反撃に出たのは、全てのお膳立てが調ったこのタイミングだった。

 二〇九七年七月三十日午後七時。国防陸軍総司令官・蘇我大将は一人の護衛と一人の秘書官、わずか二人だけのお供を連れて人目を憚るように都内の会員制クラブを訪れた。蘇我は知らないことだが、そのクラブはおよそ二週間前、達也がワイアット・カーティスと引き合わされた店だった。

 

「お忙しいところ、お越しいただきありがとうございます、閣下」

 

 

 二週間前をなぞるように、個室に案内された蘇我一行を出迎えたのは四葉家の葉山執事だ。しかしあの時と違って、葉山の背後には真夜が控えていた。

 

「ご無沙汰しております、閣下。またお目に掛かれて光栄に存じます」

 

「こちらこそ。本日はご招待、ありがとうございます」

 

 

 真夜の挨拶に、蘇我大将が表面上にこやかな表情で応える。しかし彼の心は、警戒心で満ちていた。四葉家の私有地である巳焼島に部隊を駐留させる件を主導しているのは佐伯少将であり、この事案で佐伯の後ろ盾になっているのは大友参謀長だ。賛成はしていないが、反対もしていない。

 だが陸軍の部隊展開に着いて、最終的な責任を負うのは陸軍の総司令官である蘇我だ。消極的だからと言って、責任を免れない。

 そもそも蘇我の本音は、佐伯の暴挙を止めたいのだ。確かに、国外勢力の攻撃を受けたばかりの場所に守備隊を駐留させる必要性は否定できない。だがそれは法令に則って行われるべきであり、超法規的措置に訴えなければならない程の緊急性を彼は認めていなかった。何と言っても、四葉家には巳焼島を自衛する力がある。民間に国土の防衛を委ねるのは、国防軍の幹部として面白くないのは確かだ。しかし重要なのは国外勢力の侵攻を許さないことであって、無用な摩擦を招いてまで現在上手く機能している防衛体制を弄る必要は無いと蘇我は考えていた。USNAとの同盟関係が揺らぎ、新ソ連による再侵攻の脅威が消えぬ今、権力闘争に興じている余裕など国防軍には無いのだ。

 だが陸軍のトップとして「国防軍の面子に関わる」という論法を持ち出されては、積極的に反論しにくい。「面子などより法秩序の方が大事だ」というのは背広組の論理だ。制服組の幹部としては、部下の士気を損なう言動は避けなければならない。

 その結果、蘇我はこの件について容認の立場を取らざるを得なかった。しかしそんな内向きの理屈で、四葉家を納得させられるとも考えていない。真夜と同じテーブルに着き、勧められるままにグラスを傾けて舌鼓を打っても、蘇我の意識はこの場をどう切り抜ければ良いのか、それだけに囚われていた。

 

「(いっそのこと首謀者の佐伯を処罰する名目があれば、それを理由に配備計画を潰すこともできように……)」

 

 

 忌々しげに蘇我がそう考えた、丁度のその時。真夜は世間話でもするような雰囲気で口を開いた。

 

「ところで閣下。この様な噂があるのをご存じですか? 今月上旬に大亜連合の魔法師、呂剛虎が密入国した件に関係するものなのですが……」

 

「どのような噂でしょうか?」

 

 

 蘇我の反問は、機械的な相槌に近かった。

 

「閣下には、あまり愉快なお話ではないかもしれません」

 

「ほぅ……それはますます内容をうかがいたいですな。耳に痛い話程、顔を背けるべきではありませんから」

 

「さすがは蘇我閣下。ご立派です」

 

 

 真夜の称賛に、蘇我の頬が緩む。目の前の女性がその気になれば容易に自分の命を蹂躙できる怪物だと分かっていても、相手は滅多にいない美貌の持ち主だ。陸軍総司令で大将閣下といえど蘇我も男。美女に褒められて悪い気はしないのだろう。

 

「その噂の内容ですが……呂剛虎の密入国を国防軍の将軍閣下が事前に知りながら、あえて見逃したというものなのです」

 

「なんですと!?」

 

 

 しかし、蘇我の弛んでいた表情は真夜の言葉で一瞬で消え去った。もしその噂が本当ならば、将官による利敵行為に他ならない。




真夜さんの見た目に見惚れるのは仕方ないよな
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