劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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当然ですね


佐伯の末路

 蘇我が警戒心を露わにしているのに気付いていながら、真夜はそのことを気にした様子も無く続きを口にする。

 

「独立魔装大隊を第一〇一旅団から分離して、本当の意味で独立の部隊となさっては如何でしょう? 私どもはかねてより、あの部隊を高く評価しております。独立魔装大隊がもっと自由に動ける立場であれば、お互いに協力していける領域が広がると思うのです」

 

「それは四葉家としてのご意見でしょうか? それとも十師族としてのご意見ですか?」

 

「どちらに解釈していただいても構いません」

 

 

 真夜は十師族を代表する立場ではない。だが彼女の答えに躊躇いは無く、その美貌は余裕の笑みで彩られていた。

 

「少し失礼します」

 

 

 蘇我は断りを入れて、囁き声で秘書官と遣り取りを交わす。真夜はそれ程、待たされなかった。

 

「――四葉さんのご提案を、防衛大臣に具申したいと思います」

 

「恐縮です、閣下」

 

 

 真夜は艶やかな笑みを浮かべて軽く頭を下げる。妖艶な色香に蘇我は意識を持っていかれそうになるが、大将の矜持で何とか踏みとどまった。

 

「……独立魔装大隊は独立連隊へ昇格することになるでしょう。しかしこのことは、正式な決定までご内密に願います」

 

「もちろんですわ、閣下」

 

 

 真夜は蘇我の言葉に、蠱惑的な笑みを深めて頷いた。

 

「それでは、私はこれで失礼させていただきます」

 

「本日はお忙しい中お時間をいただき、ありがとうございました」

 

 

 佐伯の不正の証拠を手にそそくさとクラブを後にする蘇我を見送り、真夜は浮かべていた笑みを消し、真顔で葉山に話しかける。

 

「これで巳焼島を占領しようとしていた佐伯閣下は無力化できるでしょうね」

 

「四葉家としては国防軍と事を構えても構わなかったのですけど、達也さんが『面倒事を起こす必要は無い』と言っていたものね。達也さんは佐伯閣下の不正を前々から知っていたのかしら」

 

「藤林中尉は達也殿の婚約者のお一人。以前から情報が達也殿に流れていたとしても不思議は無いかと」

 

「それで良いのかしらね。仮にも軍事機密なのに」

 

「軍として正式に製造していたら問題かもしれませんが、今回は不正に製造していたわけですから。ましてや達也殿はパラサイドールと対峙したことがある唯一の御方。相談するにはもってこいの相手だと存じます」

 

「あれだって不正に運用されていたわけだし、公的にはパラサイドールは一度も稼働していないことになっているのだけどね」

 

 

 九校戦に紛れてパラサイドールの試運転をしていたなど知られれば、国防軍の権威は地に落ちるだろう。学生を危険に曝すような大会は、今後一切開催すべきではないと唱える人間も出てくるかもしれない。

 達也がそこまで考えて内密に処理したのかは分からないが、今回も大事にするよりも秘密裡に処理することを選んだのに、真夜は意外感を覚えていた。

 

「そもそも巳焼島の自衛は、スポンサー様から許可をいただいていることだというのに」

 

「あのお方は達也殿個人で十分抑止力になるとお考えですからね」

 

「そもそも達也さんに勝てないような守備隊なんて、駐留するだけ税金の無駄遣いというものよ」

 

 

 蘇我相手には我慢していたが、葉山相手には本音を隠そうともしない真夜の態度に、葉山は終始笑みを浮かべながら相手をしていた。

 

「これで少しは達也さんにとってやりやすい世の中になるのかしら」

 

「まだ達也殿の邪魔をしようとする輩は大勢います。ですが、達也殿ならその全てを撥ね退けてご自身の理想を――魔法師が生きやすい世の中を実現してくださるでしょう」

 

「そうね。その為にも、巳焼島周辺の警戒を強めておいてちょうだい」

 

「かしこまりました」

 

 

 真夜の命令に恭しく一礼して、葉山はすぐに巳焼島周辺の警備強化を手配したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七月三十一日、後は部隊を実際に移動させるだけの段階まで進行していた巳焼島への陸上部隊配備が突然、中止された。延期ではなく、完全な白紙化だ。

 配備計画の首謀者である佐伯少将はすぐさま巻き返しを図ったが、面会に応じた大友参謀長から計画の復活はあり得ないと釘を刺された上、独立魔装大隊を除く第一〇一旅団を直接指揮して北海道東部へ出動するよう命じられた。名目は新ソ連の侵攻に備えた防衛強化。期間は未定。

 佐伯の強みは総司令部に参謀として長く務めたキャリアから来る中央との太いパイプである。前線で指揮を執った経験が乏しい彼女には、地方で自分の派閥を育てるスキルは無い。北海道の国境地帯では、彼女は謀略家としての力を振るうことができない。

 事実上無期限で首都圏から遠ざけられた佐伯は、国内における勢力争いの面で決定的に無力化され、最早敵の攻撃に備えるという国防軍本来の任務に注力するしかなくなった。

 

「(何故ここに来て中止など……四葉家が動いたとしか……だが、司波達也は巳焼島にいて何かをした様子はないし、彼の言葉で四葉家が動くとは思えない……)」

 

 

 達也の存在が軽んじられていた頃しか知らない佐伯は、達也の今の立場を軽んじていた。その結果がこれである。なお独立魔装大隊に対しては、霞ケ浦の基地で魔法戦闘の新戦術の開発を続けるよう別命が下されており、佐伯は太いパイプと共に、腹心であった風間までも失ったのだった。




銀狐と言う名の糞ネズミは遠方へさようなら

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