頭に血が上った森崎が、CADを抜きあろう事か達也に照準を合わせた。レオが掴みかかり、エリカが警棒でCADを弾き飛ばそうとしたが、それよりも早く達也が森崎の手を蹴り飛ばしCADを弾き飛ばした。
「あまり物騒だと嫌われるぞ」
これは森崎だけに言った言葉では無く、一科生全員に向けた言葉。好戦的過ぎると深雪と付き合っていくのは無理だと言う意味を込めての言葉だと、大体の一科生は分かったのだが、それでも好戦的な輩は居て、攻撃で敵わないのなら口撃で応戦しようとしたのだろう。
その中で、ヒートアップし過ぎている一科生を止めようと1人の女子が動いたのを達也は気がついたのだが、他のメンバーはまた攻撃魔法を使われると思って慌てだした。
しかし魔法は発動前に霧散した。何者かに起動式を打ち抜かれた為に、魔法を発動出来なかったのだ。
「止めなさい! 自衛目的以外での魔法攻撃は、校則違反以前に犯罪ですよ!」
聞き覚えのある声に、達也と深雪は声のした方に振り向いた。そこに居たのは生徒会長の七草真由美と、もう1人は見覚えの無い女子生徒が居た。
「風紀委員長の渡辺摩利だ。君たちは1-Aと1-Eの生徒だな。事情を聞きますのでついてきなさい」
学園の中でも権力の高い2人に叱られ、一科生も二科生も何も言い返せなかった。特に最後に魔法を発動させようとした女子のへこみようは酷かった。
「すみません、悪ふざけが過ぎました」
「悪ふざけ?」
「ええ、森崎一門のクイックドロウは有名ですので、後学の為に見せてもらったのですが、自分が狙われてつい反撃をしてしまったのです」
達也の言い訳に一番驚いたのは森崎本人だった。まさか自分が知られているとは思って無かったのだろう。
「ではあの女子は? 攻撃性の魔法を発動させようとしてたのでは?」
達也は一瞬だけ摩利の腕に目をやり、そしてすぐに視線を戻した。
「あれはただの閃光魔法です。威力も抑えてありましたし、失明の危険性もありませんでした。周りを落ち着かせる為に注目を集めようとしたのでしょう」
「ほぅ」
達也の言い分に興味深そうな声を漏らす摩利。普通起動式を読み取るなど、魔法を発動する本人ですら出来ない事なのだが、達也が起動式を読み取ってるような発言をしたからだ。
「君は、面白い眼をしてるんだな」
「実技は苦手ですが、分析は得意ですので」
一瞬自分の特殊な眼の事を知られてるのかとも思ったが、あれは普通の学生が知りえるような事では無いので、すぐにその疑問は払拭出来た。
「もう良いじゃない摩利」
「真由美!?」
今まで摩利に任せていた真由美が、いきなり達也と摩利の間に割って入ってきた。微妙に達也に近いのは偶然なのだろうか……
「達也君、本当に見学だったんでしょ?」
「え、ええまぁ……」
昨日までは苗字で呼ばれていたような気がしてたのが、いきなり名前呼びに変わって、達也はちょっと焦る……今まで名前で呼んでくれた異性など、身内以外では居なかったからだ。
「会長がそう言うのなら、この場は不問とします。以後気をつけるように」
摩利も真由美の意向を汲んでこの場から去っていく。一科生も二科生も無言でお辞儀をしていたら、ふと摩利が振り返った気配を達也は掴んだ。
「君、名前は?」
「1-E司波達也です」
「覚えておこう」
真由美たちが居なくなった後、森崎に認めない発言をされた達也だったが、特に気にする事無く帰ろうとしたら、閃光魔法を発動させようとした女子生徒が達也の前に立ちはだかった。
「何か?」
「あ、あの……」
顔を赤くしたまま何も話さない女子生徒を不審に思い、達也が声をかけると、漸く決心がついたのか女子生徒が口を開いた。
「光井ほのかです! 助けていただいてありがとうございます!」
「いや、本当の事を言っただけだから」
「でも! お兄さんが居なかったら私……私!」
如何したものかと困っていたら、もう1人の女子生徒が話しかけてきた。
「ほのかを助けてくれてありがとうございます。お兄さんが居なかったらほのかは風紀委員長に厳重注意をされてたでしょうから、私からもお礼を言わせてください」
「だから気にしなくていいって……え~と?」
「雫。北山雫です」
「光井さんも北山さんもお兄さんはよしてくれ。これでも同じ一年なんだから」
「じゃ、じゃあ何てお呼びすれば!」
思い込みが激しい子なのだろうと、達也は心の中でほのかをそう位置づけた。一方の雫も、表情には出てないがほのかのように自分の返答を心待ちにしているようだった。
「達也でいいから。苗字だと深雪と区別がつかないだろうから」
「はい、達也さん!」
「ありがとうございます、達也さん」
「敬語もいい。同い年に敬語はおかしいだろ?」
「そうですか? 達也さんには敬語の方がしっくりきますけど……」
「じゃあ私は普通に話すね」
あくまでも敬語対応のほのかと、普通に接してくれる雫に苦笑いを浮かべながら、達也は帰ろうとしたのだが……
「あの、駅までご一緒してもよろしいですか!」
ほのかのこの一言で、大所帯での帰宅になってしまった。
駅まで向かう途中に、エリカと美月から名前呼びを許可しろと言われ、その対価として自分の事も名前で呼んでいいと言う事になった。ほのかや雫だけは良くて、自分たちは駄目なんて言わせないと言わんばかりの圧力を掛けて来たので、達也は他に答えようが無かったのだ。
そしてレオが素朴な疑問と言う感じでほのかの魔法が発動出来なかった理由を聞いてきたので、残りの道は、その説明で費やされるのだった。説明している達也を、ほのかと雫が尊敬以上の感情が込められた視線を向けてるのに、深雪だけが気付いたのだった……いや、達也も気付いていたが、気付かないふりをしていたのだ。
自分が気付いていると深雪にバレたら、色々と問題が起こるのであえてそうしてただけで、気持ちは嬉しいと思っていたのだが。
翌日、駅でエリカと美月、レオと合流した達也と深雪は、そろそろ校門に差し掛かろうとしていたところで背後から声をかけられた。
「た・つ・や・く~ん!」
「お兄様、呼ばれていますよ?」
「随分と親しげだな……」
昨日の今日で此処まで変わるものだろうかと、兄妹は頭を悩ませた。昨日の借りはあるのだが、それを楯に脅してくるような人だとも思えないので、何が目的かさっぱりなのだ。
用件を聞くと、昼休みに生徒会室で一緒に食事でもどうかと言う事だったのだが、深雪は兎も角何故自分までと、達也は午前中の授業はその事で頭がいっぱいだったのだった。
座学の時間の大半はする事が無い達也は、真由美の意図を考えていたのだ。
「(七草のご令嬢が俺に興味を持つ訳も無いし、何が目的なんだ? 深雪を勧誘するだけなら、何も俺まで呼ばなくてもいいはず……昨日の一件で何か聞き忘れた事でもあるのか?)」
色々と考えたが、結局答えを見つけ出せぬまま、昼休みを迎えたのだった。
「生徒会室で昼食なんて、楽しみですねお兄様」
「そうだな……」
嫌な予感を払拭出来なかった達也とは裏腹に、深雪はとても楽しそうな雰囲気だった。昨日のように一科生に囲まれながらの昼食では、さすがの深雪でも肩身が狭かったのだろうと結論付け、達也は生徒会室に歩を進めた。
「1-A司波深雪と1-E司波達也です」
「どうぞ」
合図と共に扉のロックが解け、達也が身を乗り出すように扉を開ける。別に何も無いと分かっていようとも、これがこの2人の身体に染み込んだ習慣なのだ。
そして扉を開け視界に入ってきたのは、副会長と思われる男子生徒を除いた生徒会役員と風紀委員長だった。
生徒会長と風紀委員長が一瞬だけ楽しそうな笑みを浮かべているのを、達也は見逃さなかったのだった。
ほのかと雫に意識されて、達也もまんざらではない様子にしました。真由美に対してはちょっと苦手意識を持たせています。