劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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220話目ですね


秘剣

 警報を聞いた三人の反応は素早かった。摩利は意識が朦朧としている関本をベッドに倒し、廊下に出て鍵を掛けた。その時には既に真由美と達也も隠し部屋を出ていた。

 

「侵入者ですね」

 

 

 天井のメッセージボードを見て達也が言う。真由美と摩利が同時に上を向いて達也の発言を事実と認識した。

 

「何処の命知らずだ……」

 

 

 戦慄交じりの呆れ声で摩利がつぶやく。一昨日の魔法大学付属病院襲撃事件で西東京一帯は警視庁により特別警戒態勢が敷かれている。

 今日は五割増で警察官が巡回警備を行っており、この八王子特殊鑑別所は二○○パーセントの警戒態勢なのだ。

 そこにあえて突っ込んでくるなど余程腕に覚えがあるか、あるいは真正の馬鹿がすることだ。そして摩利はこれが前者の仕業だと直感した。

 

「達也君、何処から来てるか分かる?」

 

「屋上から進入したようですね。飛行機から飛び降りたか、カタパルトを使ってジャンプしたか、そんなところでしょう。現在位置は東階段三階付近だと思います」

 

 

 真由美の問いに達也が端末を操作して答える。達也の回答を聞いて真由美が虚空に焦点の合ってない目を向けた。彼女の先天性のスキル、知覚系魔法『マルチスコープ』をフル稼働させて達也の指し示した場所を見ているのだろう。

 

「……大当たり。さすがね達也君。侵入者は四人、ハイパワーライフルで武装しているわ」

 

 

 ハイパワーライフルは対魔法師用の携行武器で、対防御魔法を打ち抜く弾速を得る為に通常のアサルトライフルの三倍から四倍の爆発力を発揮する発射薬を使用している。威力が大きい分高度な製造技術を必要とする武器で、そこらのチンピラテロリストが手に出来る代物ではない。

 

「警備員が階段の踊り場で楯のバリケードを作って応戦してる」

 

「廊下の出入口は隔壁で閉鎖されているようですね」

 

 

 真由美の実況中継に続いて、達也が建物内立体地図の表示を読み取る。三人の現在位置は中央階段寄りの二階。それほど慌てなくても良い状況だが……

 

「こちらが本命ですか」

 

 

 その中央階段を達也が鋭く見据え、一拍送れて摩利が階段の出入口を睨み付けた。

 

「えっ、なに?」

 

 

 真由美は二人が何に警戒してるのか良く分かってない様子だったが、それもほんの短い間だけだった。

 三人の視線の先に大柄な若い男が姿を見せ、摩利はその男に見覚えがあった。

 

「呂剛虎」

 

 

 摩利のつぶやきを聞いても真由美には心当たりが無いという顔できょとんとしている。達也は厳しい表情を変えていないが、こちらは摩利から名前を聞くまでも無く顔を知っていたからだ。当然、その実力も。

 

「この場は逃げるべきなのですが、少し遅かったようですね」

 

 

 こちらに向かって歩き出した呂が達也たち三人を目に留めた。厳密に言えば呂の視線は摩利に向いており、達也もその事に気づきながらも淡々とした口調でそういって二人の前に出た。

 呂に向かって歩き出すその肩を、摩利の手が掴んで止めた。

 

「あたしが前に出る。達也君は真由美のガードを頼む」

 

 

 達也は内心無茶を言うなと思っていた。確かに摩利は高校三年生にして既に一流といえる魔法戦闘技術を身につけているが、呂剛虎は魔法近接戦闘において「超一流」だ。自分のような「イレギュラー」の方がまだしも勝算が高いはずだと。

 

「摩利、気をつけて」

 

「只者ではないのは分かってるさ」

 

 

 しかし先輩たちは達也の心配を他所にさっさと戦闘体制に入っていた。摩利の左手が自分のスカートを叩くように後ろから前へ勢い良く振り下ろされ振り上げられた。

 色々と改良されたものが瞬時に姿を変え、彼女の手には長さ二十センチ程度の短い角棒が握られていた。

 摩利と呂がにらみ合う中、火蓋を切ったのは真由美の魔法だった。無数のドライアイスの弾丸が呂を目掛けて降り注いだ。呂が素早く前にダッシュしたのにも関わらず、半数が彼の身体を捉えた。

 しかし呂にダメージは無い。身体を覆う鋼気功の鎧がドライアイスの弾を弾き返したのだ。そのまま摩利に襲い掛かる呂、それを摩利は四十センチの刃で迎え撃つ。摩利の得物は二十センチの柄と、二十センチの二枚の短冊を細かいワイヤーでつないだ三節構造の小型剣だったのだ。

 真由美の第二射を受けて呂が大きく後方に跳んだ。彼の直感は正しく、真由美の生成した弾丸は第一射の物よりも細かく、硬く、速度も勝る、貫通力を倍増したものだった。

 呂が人間らしい表情を浮かべたのを見て、真由美は第三射を放つ。それを呂は対物障壁で防ぎ神速ともいえる突進で摩利に肉薄し、接触する事無く摩利の前から姿を消した。

 呂は摩利より先に真由美を片付ける事にしたのだ。摩利が心の中で叫ぶ前に、達也が呂と真由美との間に立ち想子の奔流を呂に浴びせる。

 呂剛虎が鋼気功を情報強化から対物障壁に切り替えたのを見た達也が、その直後から加圧し続けていたサイオン粒子塊――術式解体が呂の鎧を剥ぎ取った。

 すかさず真由美の射撃魔法が放たれる。超一流の評価をされる呂剛虎は、対物障壁の鋼気功が破られた動揺を一瞬でねじ伏せて情報強化の鋼気功を再構築したのだが、弾数を減らして威力を挙げた真由美の射撃に完全なノーダメージでしのぎきる事が出来なかった。

 その背後から摩利が襲い掛かる。警備員が到着する前に、呂剛虎は高校生三人に負け崩れ落ちたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 倒れた呂剛虎を駆けつけた四人の警備員に任せ、達也たちは鑑別所のゲートを出た。おそらく真由美の『七草』の力のおかげで事情聴取は免除されたのだろうと達也が考えていると、摩利が躊躇いがちに達也へ話しかけた。

 

「達也君、その……分かってるとは思うが他言無用だぞ」

 

「他言無用と仰いますと、先輩の得物の事ですか? それとも『ドウジ斬り』についてですか?」

 

 

 確認の為の達也の問い掛けに、摩利ばかりか真由美までも嘆息を漏らした。

 

「やっぱり知っていたか……」

 

「達也君って本当に何でも知ってるのね……」

 

「何でも知ってる訳ではありませんが……当然の事として術式の内容を喋ったりはしませんが」

 

「そこはもちろん信用しているが……あたしが『ドウジ斬り』を使える事も他言しないでもらいたいんだ」

 

 

 摩利が何を案じているのかを瞬時に理解した達也は、少し苦笑いを浮かべながら摩利の頼みを了承した。高校に在学中くらいは個人の自由を尊重するべきだと考えてもいたし、達也はこのような低次元の嫌がらせに興じる趣味は無いのだ。

 

「それじゃあ帰りましょ」

 

「真由美、なんだかうれしそうだな?」

 

「そうかな? 達也君に守ってもらったからかしら?」

 

「おい! 守ったのは達也君だけじゃないぞ!」

 

「分かってるわよ。でも、達也君が居なきゃ私も摩利も今頃大怪我……最悪死んでいたのかも知れないのよ?」

 

「それは……そうだが」

 

 

 言い争う二人を一歩引いた場所で見ていた達也は、再び苦笑いを浮かべるのだった。




一話に詰め込む為に色々とカットしました……でも話は問題ないはず……

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