劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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ここでもあの二人が揉めてます……


コンペの警備

 横浜港を望む高層ビル複合施設、横浜ベイヒルズタワーの最上階に近いバーラウンジで一組のカップルが夜景を肴にルビー色の液体が湛えられたグラスを傾けていた。

 

「今年の新酒は中々良い出来ですね」

 

「私はお酒の味があまり分からなくてね。せっかく良いワインをご馳走していただいているのに申し訳ないですわ」

 

 

 何時もの地味メイクではなく、バッチリメイクアップ&ドレスアップしている響子が艶やかに微笑むと、千葉寿和警部は焦ったように空いている手を振る。

 

「いえ、このワインはここのプライベートワイナリーが解禁日なんて関係なく、出来上がる都度店に出しているものですから……そんなに高価なものでは……」

 

 

「あら、出来立てをいただけるなんて素敵じゃありません?」

 

 

 グラスに鼻を近づけ目を伏せてクルリとワインを回し、上目遣いのまなざしを向ける響子に寿和は引きつり気味の愛想笑いを浮かべた。

 

「ええと、気に入ってもらえたのなら幸いです。藤林さんのおかげで今回のヤマも何とか目処が立ちましたし、今日は本官からのせめてものお礼のつもりですから」

 

「お互い様ですよ、警部さん。私も彼らを放置しておくわけにはいかなかったのですから」

 

「それは藤林家としてですか? それとも……いえ、失礼しました」

 

 

 少しもアルコールに酔っていない醒めた視線を向けられて、寿和は響子との約束を思い出した。

 彼女が情報を提供し捜査に協力する交換条件の第一項、それは彼女の素性を詮索しない事だ。素性を詮索しないという条件は、藤林響子に関して言えばおかしなものだ。彼女が古式魔法の名門・藤林家の娘であり、十師族の長老・九島烈の孫娘である事は最初から寿和も分かっている事だからだ。

 しかしその上でなお、素性を詮索しないという条件が付けられたという事が逆に、おいそれと明かせない背景を彼女は有しているのだと物語っている。

 

「ところで警部さん。今日誘っていただいたのは、『お礼』だけなんですか?」

 

「えっ!?」

 

「もし警部さんがよろしければ、今晩だけではなく明日も付き合っていただきたいのですけど」

 

「え、あ、は、ハイ! 本官でよろしければ喜んで!」

 

 

 響子が浮かべた笑みに寿和は赤面しながらも敬礼を返した。

 

「ありがとうございます。それでは朝の八時半に桜木町の駅でよろしいでしょうか」

 

「……朝?」

 

「明日は国際会議場で全国高校生魔法学論文コンペティションが開催されるんですが、ご存知ありませんか?」

 

「いえ、存じておりますが……」

 

「それに知り合いの男の子が出場するので、応援に行きたいんですよ」

 

「はぁ……」

 

 

 響子の誘いの言葉を「明日(の夜)も付き合って」と勝手に解釈していた寿和の顔には「話が違う」と書かれていた。

 それを読み取るくらい響子には造作も無い事だったが、彼女の笑顔は小揺るぎもしない。

 

「そうそう、出来れば部下の方々にもお声を掛けておいてくださいね。CADだけではなく、武装デバイスや実弾銃もご用意いただけると助かります」

 

「藤林さん、それは……」

 

 

 いじけた表情が一転、冷水を浴びせられたように引き締まった。

 

「もちろん、何も起こらなければ良いのですけど」

 

 

 寿和の問い掛けにそう答えて、響子は静かにワイングラスを傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 論文コンペ当日、何のトラブルも無く会場に到着した達也と深雪だったが、到着した直後にトラブルに直面した。

 

「……お兄様、何とかした方がよろしいのではないでしょうか?」

 

「俺が何とかしなきゃならないのか?」

 

 

 苦い顔で深雪に問い返した達也に、深雪は「残念ですが」と頷いた。肩を落として視線を戻した先では、エリカと花音が険悪な表情で睨み合っていた。

 

「如何したんですか?」

 

「あっ、達也君、おはよ!」

 

「司波君、この聞き分けの無いお嬢様に、貴方から何か言ってやってくれない?」

 

「(貴方からもじゃなくて貴方からね……)俺に一任してもらえるなら引き受けますが」

 

 

 花音が意識してるか如何かは分からないが、彼女のセリフはこの場の処理を達也に丸投げする気が満々だったので、達也はそう提案したのだ。

 花音も達也の申し出を断る理由も無いので達也に任せる事を承諾し、さっさとこの場から移動していってしまった。

 

「……まぁ事情は大体想像出来るよ」

 

 

 ロビーの隅に置かれたソファーに腰を下ろし、達也はエリカとレオにそう切り出した。

 

「エリカも真正面からぶつかる事は無いだろうに」

 

「……ゴメンなさい。結局達也君の手を煩わせちゃって……」

 

「別に警備って事で張り切る必要は無いさ。何か起きたら協力してくれればいいんだから」

 

 

 エリカが聞き分けが良かったのには少し驚いたが、達也は含みのある笑みを浮かべながら二人にそう言った。

 

「協力……なるほどね」

 

「始まるまで暇なら、楽屋に遊びに来ればいい。友達なんだから遠慮はいらないだろ」

 

 

 達也の言わんとしてる事を理解して、エリカとレオは声を出さずに笑ったのだった。

 

「とりあえず後で行くわね」

 

「分かった。それじゃあ深雪、俺たちはそろそろ行こうか」

 

「分かりました」

 

 

 達也たちが楽屋に移動したのを、物陰から見ていた女性が居た。彼女がこの会場に居るのは教師としてではなく公安として。

 四月の事件で公安が達也に興味を持ち、彼の調査を遥に押し付けたのだ。

 もちろん彼女は自分の手に負える相手ではないと訴え突っぱねたのだが、その事は当然のように黙殺されたのだった。

 手掛かりなしと諦めかけたその時に、一高の控え室に来客があった。年恰好は明らかに高校生ではない。大学生でもなく遥と同年代……そしてその来客に遥は見覚えがあった。

 公安御用達の盗み撮り用カメラで撮った映像を端末に読ませ、画像検索を掛けて自分の記憶が正しかった事を遥は確認した。

 

「……やっぱり、エレクトロン・ソーサリス……何故一高の控え室に」

 

 

 二高の卒業生であり、遥が調べた限りでは司波兄妹との関係が無い響子が母校の二高の控え室ではなく一高の控え室を訪ねたのが遥には不可解だった。

 もしかしたら達也の素性を明かす上で響子は役に立つのではないかと、遥はコッソリと控え室の中をうかがうのだった。




エリカ・レオもですが、花音・エリカも中々のにらみ合い、言い合いの多さですね……

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