劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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応急処置とはいえ、余計なことを……


水波の診断

 深雪と水波合作の昼食を四人で済ませた後、達也、深雪、水波、リーナの四人は八雲の寺『九重寺』に向かった。四人乗りの新型エアカーを駐車場に駐め、山門へ続く階段を上る。

 今日は、手荒な歓迎は無かった。達也たちの訪問目的を考えて、八雲もさすがに自重したのだろう。境内から、うずうずしているような気配は伝わってきたが。階段を上りきると、山門の向こう側に八雲が待っていた。

 

「やぁ」

 

「師匠。態々お出迎え、ありがとうございます」

 

 

 達也がかしこまった態度で頭を下げる。演技ではなく、達也は本当に恐縮していた。

 

「気にしなくてもいいよ。僕がここに来なければ結界が反応していただろうからね」

 

 

 だが八雲のこの言葉を聞いて、達也の中から礼節に関する気配が吹き飛んだ。彼の表情が厳しく引き締まる。いや、「厳しく」と言うより「険しく」、「引き締まる」といより「強張る」と表現した方が適切かもしれない。

 

「師匠。それはもしや――」

 

「詳しくは中で話そうか」

 

 

 八雲は達也のセリフを途中で遮り、四人を本堂ではなく僧坊へ案内した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僧坊の中に敷かれていた座布団に八雲たち五人が腰を下ろす。八雲は胡坐、達也、深雪、水波は正座。リーナも最初はきちんと正座をしようとしたが、もぞもぞとお尻を動かして結局、目立たぬように足先を少しだけ左右に開いた。

 全員が座ると、外から窓が閉められた。弟子が閉めたのか、それとも術によるものなのか、相変わらず達也にも分からない。人の気配も魔法の気配もしなかったから、古めかしい外見に反して機械仕掛けなのかもしれない。

 密閉性が高い僧坊内は、真昼にも拘わらず真っ暗になった。ただ、蒸し暑くはない。むしろひんやりと冷気が漂い始めている。今の季節を考えれば奇妙なことだ。風を伴わない空調機器が使われている可能性もゼロではないが、何となく機械で冷却されたものではないように達也たち四人は感じていた。

 壁一面に蝋燭の灯が点る。今度は明らかに、八雲の魔法による点火だ。薄明りと共に漂ってきた香油の匂いは、以前達也と深雪が経験したものとは違っていた。結界の構築を補助するものには違いないが、形成された結界は外のものを締め出すのではなく、中のものを閉じ込める性質の魔法的な「場」であるように、達也には感じられた。

 

「さて……」

 

 

 八雲の声が、結界へと逸れていた達也の意識を引き付ける。

 

「まずは見せてもらおうか。桜井水波くん、前へ」

 

「水波」

 

「はい」

 

 

 達也に促されて、横一列の右端に座っていた水波が、八雲の正面に進み出た。水波が姿勢を落ち着けるのを待って、八雲が印を結ぶ。

 達也たち三人が、息を詰めて水波と八雲を見詰める。僧坊を満たす緊迫感。より強く緊張しているのは、水波本人よりむしろ彼女の背中を凝視している深雪たちの方だ。深雪とリーナの額に汗が滲む。達也はポーカーフェイスを保っているが、両手が強く握りしめられている。

 無言のまま、およそ五分が経過した。八雲が印を解き、小さく息を吐き出す。僧坊内の張り詰めた空気が、少しだけ弛んだ。

 

「結論から言うと、当面の心配は要らないと僕は思う」

 

 

 八雲が危機感の欠如した口調で告げる。本当に心配無用ならそれでも良いが、「当面の」という条件付きだ。しかも「当面」の意味が分からない。

 このままで問題ないのか。暫くは大丈夫でもいずれ悪化する可能性が高いのか。この二つでは、必要とされている対応が正反対と言って良いほど異なる。

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

 

 深雪、リーナ、そして当事者の水波が、八雲を無言で見返す。

 

「……師匠」

 

 

 そして達也だけが、呆れ半分、非難半分の声を上げた。

 

「そんなに睨まなくても、ちゃんと説明するよ」

 

 

 達也と深雪から咎められるような視線を浴びて、八雲は苦笑いを浮かべた。

 

「水波くんの魔法技能を抑え込んでいるのは、無害化されたパラサイトだ。雁字搦めに封印したパラサイトの意識を奥底に沈めることで、君たちの言う魔法演算領域に蓋をしている」

 

「パラサイトを無害化……?」

 

「君にもできるだろう?」

 

 

 そんなことができるのかと言外に疑問を呈した達也に、八雲は「何を言っているんだ」という口調でそれに応じた。

 

「基本的な原理は『封玉』と同じだ。外側を固めて自由に動けなくする。水波くんに憑いているパラサイトに使われている術の方が技巧的だけど」

 

「先生。その封印が解ける心配は無いのですか?」

 

 

 深雪がすがるような口調で問う。

 

「単なる封印ではないからねぇ……。このパラサイトは『何もせずそこにいろ。動くな』という命令で縛られている状態だ。妖魔の意思を無視して無理矢理閉じ込める封印と違って、支配従属関係が続く限りは大丈夫じゃないかな」

 

 

 この答えは、深雪が求めるものではなかった。

 

「その関係はどの程度続くのですか?」

 

 

 不可逆的な変化を引き起こす魔法はあっても、永続的な効果を持つ魔法は存在しない。例えば深雪の『コキュートス』は精神を不可逆的に不活性化するものであって、凍結状態を強制し続けるものではない。

 

「効果が切れそうになったら、術者が掛け直しに来ると思うよ」

 

「……それは、そう長く持たないという意味でしょうか?」

 

 

 恐る恐る深雪が尋ねる。だが八雲は深雪の問いかけには答えず、無言で達也を見詰めていた。




八雲の相手は達也でもテンポを崩されるようだ

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