八雲からの視線を受けたからではないが、彼が深雪の質問に答える前に、達也が別の問いかけを投げた。
「――光宣が水波の許にやって来ると?」
「本人はそのつもりだろうね。封印が解ければ、パラサイトは水波くんを侵食し始める。それを許すなら、最初からこんな手間のかかる術を掛けたりしない。水波くんの意思を無視して仲間にしてしまった方が九島光宣の目的には合っているんじゃないかい?」
「光宣の目的って?」
リーナが誰に対してともなく疑問を口にする。それに答える者はいなかった。光宣が「水波の病を治したいだけ」と言っていたことを達也と深雪は知っている。二人とも最初はそれを信じた。だが今では、達也も深雪も光宣の本心は別にあるのではないかと疑っていた。
そして深雪は「水波も本当は同じ思いを懐いているのではないか」と心の奥で恐れ、達也は水波がその気持ちともう一つの想いの中で揺らいでいるのではないかと考え、深雪の考えが現実になったら深雪が傷つくのではないかと恐れていた。
八雲の寺から調布の自宅に戻った達也たちは、リーナも含めて、深刻な顔つきでリビングに勢ぞろいしていた。
「あの、今のところは日常生活に支障はありませんし、私のことでお悩みにならなくても……」
重苦しい雰囲気に耐えかねたのか、水波がおずおずと切り出す。その言葉を無視して、リーナが達也と深雪に尋ねる。
「……四葉家に系統外魔法が得意な魔法師はいないの?」
「そういう魔法は分家の一つ、津久葉家が得意にしているけど……。先生の手に負えないのですもの。津久葉家当主の冬歌様やご息女の夕歌さんでも、何とかできるとは思えないわ」
深雪が弱々しく首を横に振る。診断が出た後、達也たちは当然、水波の中にいるパラサイトを除去できないかと八雲に尋ねた。だが八雲の回答は芳しくなかった。
八雲は凄腕の古式魔法師だ。達也が周公瑾を追討する際に対決した、名前だけの『伝統派』と違って、術者として本物の伝統を受け継いでいる。
古来、魔法を使える者の最も重要な使命は妖、魔物より民を守ること。その為の、妖魔を退け、討つ魔法を八雲は高いレベルで修得している。その八雲でも、水波の中からパラサイトを除去することはできなかった。
彼の弁に依れば、水波の中にいるパラサイトは封印された状態だという。いや、「パラサイトは水波の中に封印された状態」と言う方がニュアンスとしては正しいだろうか。水波を器にしてパラサイトを封印しており、封印されたパラサイトが蓋となって水波の魔法演算領域の活動を抑えている状態だと八雲は説明してくれた。
パラサイトを強制的に引き剥がす為には水波の中でいったん封印を解除してから退治するという手順を踏まなければならず、解除の段階でパラサイトによる侵食のリスクに曝されてしまう。パラサイトは意識と無意識の境界という精神の深い領域に沈められており、侵食が始まれば仮に同化を避けられたとしても水波の精神が大きなダメージを被るのは避けられない。
パラサイトを取り出す為には退魔ではなく従魔の術が必要だ、というのが八雲の結論だった。つまりパラサイトを従え操る術法だ。自分にはパラサイトを滅ぼすか、封印するか、そのどちらかしかできない。八雲は苦い表情で、口惜しげに笑いながらそう告げた。
「……光宣を探し出して術を解除させるしかないのかしら」
深雪もリーナも、遠慮する水波の言い分は聞いていなかった。リーナの質問に対する深雪の回答の後、リーナはそう結論付けた。
「やはり、それしかないのかもしれないわね」
「でも、どうやって見付けるの? 光宣の行方に関する手掛かりは無いんでしょう?」
深雪がリーナの言葉に頷いたのを見て、リーナがその問題点を指摘する。彼女は意地悪で水を差しているのではない。逆に水波のことを本気で心配しているから、自分が不安に感じることを口にせずにはいられなかったのである。
「逃亡先に関する光宣の選択肢は、余り多くない」
「どういうこと?」
ここまで無言を貫いていた達也が何を言おうとしているのか理解できず、リーナは頭上に大きな疑問符を浮かべながら尋ねた。深雪も戸惑いを隠せずにいる。無論達也は、この状況で勿体を付けるような真似はしなかった。
「どれ程高い魔法技術を有していても、光宣はまだ高校二年生の少年だ。病気がちで入院も多かったあいつには、学校外に人脈を広げる機会もなかった」
「しかし達也様。光宣君は周公瑾の知識を吸収しているのではありませんか?」
「そうだ」
深雪の反論に頷きつつ、達也は「だからこそ」と続けた。
「光宣が選ぶ逃走路は、周公瑾が知っているものに限られると俺は考えている」
「具体的には?」
リーナは周公瑾のことをよく知らない。当然「周公瑾とはどんな人物で、どのような事情でその知識を光宣が受け継いでいるのか?」という疑問を彼女は懐いていた。だがそれを聞くと込み入った話になりそうだと察したリーナは、ここは時間を浪費している場面ではないと考えて、自分の好奇心を封印して結論だけを達也に求めたのだった。
「周公瑾に縁のある土地は極東アジアと北アメリカ」
「それ、広すぎない?」
呆れ顔のリーナ。それはもっともな指摘だったが、達也に動じた様子はなかった。
水波の言い分だけじゃ安心できないよ