劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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遊び心……なのでしょうか?


良いニュースと悪いニュース

 部屋の外に遥がピリピリしてるのに、達也も響子も気が付いてはいたが、特にその事に触れることなく和やかに談笑していた。

 

「深雪さん、お久しぶりね。直接お会いするのは半年以上ぶりかしら」

 

「ええ。二月にお目に掛かって以来です。ご無沙汰しておりました」

 

「九校戦は観に行ってたのよ。ホテルの部屋で達也君を招いてお茶会をしてたんだから、深雪さんも一緒に来てくれれば良かったのに」

 

 

 そう言いながら響子は達也に視線を向けた。その視線は「何で連れてこなかったの?」と言っていたが、その程度で達也は畏れ入る事は無かった。

 

「深雪と一緒だと目立ってしまったでしょうから」

 

 

 人目に触れるのはまずかったでしょう、と目で追加した。深雪は少し気恥ずかしげに、響子は仕方ないわね、という顔で笑った。

 

「ところで藤林さん、一高の控え室に来て大丈夫なんですか?」

 

 

 一応盗聴・盗撮機の有無はチェック済みだが、ここは普通の公共施設なので完全には安心出来ない。だから達也は響子を「少尉」とは呼ばなかった。

 また万が一盗聴・盗撮されていた場合も考えて、達也は如何とでも取れる質問をしたのだ。事情を知らない人間には意味不明だし、中途半端に事情を知っている人間には「二高のOGがライバル校の控え室でお喋りしてて良いのか」という意味に捉えるように誘導した言い方をしたのだ。無論、当人たちには誤解の余地など無かった

 

「大丈夫よ。こういう時に肩書きがいっぱいあると便利ね。防衛省技術本部兵器開発部所属の技術士官である私が、九校戦で高度な技術を披露した達也君の許を訪れても不自然じゃないからね」

 

「藤林家の人間としても然り、ですか?」

 

「そういうこと。だから達也君も、『藤林少尉』でも『藤林さん』でも『藤林のお姉さま』でもどれでも良いのよ?」

 

「いえ、お姉さまという呼び方は無かったと思いますが」

 

 

 意外とお茶目な藤林の冗談に、達也は苦笑いを浮かべた。

 

「さて、前置きはこれくらいにして……良いニュースと悪いニュース、両方持ってきたんだけど、どっちを先に聞きたい?」

 

「では良いニュースから」

 

「……そこは『悪いニュースから』というのがパターンじゃないの?」

 

「では悪いニュースから」

 

 

 あっさりと掌を返した達也に呆れ顔を浮かべたが、達也が全くの無反応だったので響子はため息を吐いた。

 

「じゃあ良いニュースからね。例のムーバルスーツ、完成したわよ。夜にはこっちに持って来るって真田大尉から伝言」

 

「そうですか……さすがですね。しかし明日東京に戻ってからでも……」

 

「明日、こっちでデモがあるのよ。もっともその予定を捻じ込んだのは大尉だから一刻も早く達也君に自慢したかったんでしょうけど。基幹部品はそっちに完全依存の形になっちゃったから、せめて完成品はって頑張ってたもの。昨日なんて『これでメンツが保てる』とか情け無い事言ってたし」

 

「情け無くなんてないですよ。実際問題として、こちらでは実戦に堪える物を作れなかったんですから」

 

「その言葉は大尉に言ってあげてね。安心すると思うから」

 

 

 ウインクして見せた響子に達也はまたしても苦笑いを返した。

 

「じゃあ今度は悪い方のニュース……例の件、どうもこのままじゃ終わらないみたい」

 

「何か問題が?」

 

 

 引き締まったというよりも、それを通り越して厳しい顔つきになった達也を深雪が横から不安げに見上げ、響子は少し達也から視線をそらした。今回は笑って済ませる事も出来なかったようだ。

 

「詳しい事はこれを見て。私の方でもいくつか保険を掛けておいたけども……もしかしたらキナ臭い事になるかもしれない」

 

 

 達也にデータカードを渡した響子。無線伝送も憚られる内容らしいと、達也は理解した。

 

「分かりました。俺たちの方も準備だけはしておきます」

 

「何も起こらないのが一番だけど……もしもの時はお願いします」

 

 

 どんなに心苦しく思っていても、彼らは貴重で強力な戦力であり、響子の立場上「手を出すな」と言えないのだ。

 

「ところで響子さん、外に居る人の対処をお願いしても?」

 

「気付いてた? さすが達也君」

 

「え? お兄様、何の事です?」

 

「響子さんがこの部屋に入ったのを不審に思って調べてる人が居るんだよ。如何やら公安に目を付けられたらしい」

 

 

 この一言で深雪も理解し、響子は申し訳なさそうな表情を浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五十里と見張りを交代し、ロビーで思わぬ再会をした達也と深雪は空いている席に腰を下ろして会話を始めた。

 

「深雪、十三束鋼の事を知っていたんだ?」

 

「ええ、隣のクラスですから名前と顔くらいは。お兄様こそ彼の事をご存知だったんですか?」

 

 

 実は将輝とも顔を合わせたのだが、二人が話題にしたのはその隣に居た同じ学校の十三束鋼の事だった。

 

「十三束は沢木先輩のクラブの後輩だからね。それでなくても十三束家の『レンジ・ゼロ』は有名だ」

 

 

 百家最強の一角を占める十三束家。その中に生まれた異端の魔法師の事は、達也ほど事情通で無くても知る者は多かった。

 

「何の話?」

 

「エリカ、一人か? レオは如何したんだ?」

 

 

 二人の会話に割り込んできたエリカに、達也は先ほどまで一緒だったレオの所在を尋ねた。しかしエリカは不機嫌を露わに顔を顰めた。

 

「達也君、この際だからハッキリさせておきたいんだけど、アイツとアタシをワンセットにするのは止めてもらえない? アタシはアイツに技術と得物を与えただけで、それ以上の関係なんて全く何もないんだから」

 

「そんな意図は無かったんだが……悪かったな」

 

 

 機嫌を悪くしたエリカが無言で達也を睨み付けてきたので、達也は素直に謝った。だがエリカの機嫌は直らず、それどころか何かを要求するような視線を向けてきていた。

 

「? ……あぁ」

 

 

 この間拗ねた時に機嫌を直させる為に髪を撫でたのを思い出し、達也は苦笑いを浮かべながらエリカの髪を撫でた。

 

「ところで他の連中は?」

 

 

 エリカの髪を撫でながら訊ねる。背後では妹の機嫌が急激に傾いているのを感じながらも、達也はそっちに目を向ける事は無かった。

 

「クラスのみんなだったらまだじゃない? 午後の順番だって分かってるんだし。あっ、でも美月とミキは来てるよ。もっと前の方に座ってる。二人で仲良くね」

 

「そうか。ところであちらは確か……」

 

「ただのナンパ野郎よ。達也君が気にする必要は無いわ」

 

「そうか……ところで、何時まで撫でれば良いんだ?」

 

 

 いい加減深雪の機嫌が拙い事に成りかねないと達也が判断してエリカに問うと、エリカはもう少しと目でねだって来た。

 如何やら自分は妹には逆らえないらしいと、達也は苦笑いを浮かべながらそのもう少しの間エリカの髪を撫でるのだった。




何を思って『お姉さま』と呼ばせたかったのだろうか……

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