食堂には夏休みにも拘わらず大勢の生徒がいた。しかし正午過ぎの時刻と、校内を行き来する人影の多さを考えれば驚くには値しないかもしれない。深雪が入学してからもうすぐ二年半だ。一高生は、いい加減に慣れるべきだろう。
しかし今日も生徒たちは、深雪の姿が目に入った瞬間、息を止め見入ってしまう。否、魅入られてしまう。そして彼女の背後にリーナを認めて、同等で対照的な美に感嘆の息を吐くのだった。
慣れたのは深雪、そしてリーナの方である。降り注ぐ視線を自然に無視して自動機が調理した昼食のトレーを配膳台で受け取り、学食の中央やや奥寄りのテーブルに移動する。そのテーブルでは男子生徒の一団が、丁度トレーを持って立ち上がったところだった。その内の特に体格の良い男子が、振り返った直後に「おやっ?」とばかり表情を動かす。
「深雪さん」
「西城君」
深雪とレオが相手の名を口にしたのは同時だった。
「もしかして西城君も交流戦のお手伝いを?」
「俺も、ってことは……いや、深雪さんは生徒会長だもんな、当然か」
レオは独りで納得した後、
「幹比古とエリカも来てるぜ」
「エリカも?」
「あいつにも一応、愛校心があるのかね?」
深雪が「フフッ」と上品な笑みを漏らす。彼女はそれ以上言わなかったが、
「そんなこと言って。エリカに言い付けちゃおうかしら」
「おいおいリーナ、そりゃねぇだろ」
横からツッコんできたリーナに、レオが気安い調子で返す。一年以上のブランクがあるにも拘わらず、リーナは達也の友人たちの間で既に「仲間」として受け容れられていた。――婚約者の中では、それ程時間が空いていないのですんなり受け容れられていたが。
「じゃあ、また後でな。深雪さんも準備会議に出てくれるんだろ」
「ええ、そのつもり」
「またね」
深雪が小さく微笑み、リーナが軽く手を振る。デレっと笑み崩れたのは、レオではなく彼の同行者だった。席に着いたリーナが去っていくレオたちの背中を見ながら「準備会議って?」と相手を定めずに尋ねる。
「今日の議題は選手の選考です」
答えを返したのは泉美だった。他の四人がリーナを無視したのでは無論なく、彼女が一番早く反応しただけだ。
「まだ決まっていなかったのね」
深雪の呟きは理由を尋ねるものではなく独り言だった。
「本当に開催できるかどうか、分からなかったから」
しかしそれを質問と解釈したのか、ほのかが隣からそう返す。なお座席の位置関係は通路側から片方のサイドに泉美、深雪、ほのか、もう片方が香澄、リーナ、雫という順番だ。
「セレクションを後回しにしていたの?」
リーナの声には批判的なニュアンスがあった。
「仮メンバーで練習は進めていた」
それを「練習しなくても良いのか」と解釈したのか、雫がそう反論する。
「そのメンバーで良いんじゃない?」
「モノリス・コードは一チーム三人。練習には二チーム以上必要」
「あぁ、それもそうね。じゃあその中からレギュラーを決めるのね」
リーナの推測は自然なものだが、ほのかは首を縦に振らなかった。
「そうと決まっているわけじゃないよ。色んな事情で練習に参加できなかった生徒もいるし」
リーナに向けられているほのかの視線が、チラチラと深雪の方へ揺れる。その視線の意味を推理するのは、リーナでなくても容易だっただろう。
「達也とか?」
「残念だけど、達也様は無理よ。お忙しいもの」
深雪がほのかのチラ見に、少し寂しそうに応えた。もしかしたら、という期待を明確に否定されて、ほのかが肩を落とす。
「そっかぁ……そうだよね」
「第一、他校の生徒が嫌がると思うわ」
「そうだね」
「私もそう思います」
深雪の冷静な――おそらく個人的感情とは正反対の――指摘に、雫と香澄が続けて同意を示した。
「仕方が無いですよ、深雪先輩。司波先輩は今や、世界最強の魔法師の一人。高校生の競技会に出場するには、司波先輩のお名前は大きくなりすぎました」
泉美にとって達也を褒めるような真似は、本来極めて不本意だ。しかしこの場合は深雪の心を慰める方が、泉美にとっては優先された。
「分かっているわ。泉美ちゃん、ありがとう」
「はうっ! もったいないお言葉です……」
自分の世界に浸っている泉美の邪魔をする無粋な人間はいなかった。彼女のことは深雪に任せて、リーナはほのかと雫に交流戦の詳細を尋ねる。
「深雪から一応聞いてるけど、九校戦が中止になって今回の交流戦が代案として認められたのよね?」
「そうだよ」
「もし普通に九校戦が行われていたら、達也も参加していたの?」
「達也さんは選手としてではなくエンジニアや作戦参謀として参加してたと思う」
「どうして? 選手としてでも十分に活躍できると思うんだけど」
「達也さんにはエンジニアとして担当した選手が事実上無敗という記録があるから、そっちを期待する人が多いと思う」
「何それ?」
協議会の詳細ではなく去年の九校戦の話題に代わり、選手として参加していた香澄も会話に加わった。リーナに達也の記録を説明している時の三人の顔は、何故か自分のことのように誇らしげに思えたのだった。
達也の記録は学生より技術者たちが気にしてそうだったろうな。もちろん、トーラス・シルバーだってバレてなかった場合だが……