達也の質問にどんな意味があるのか分からないが、何時までも黙っているのも不自然だと考え、将輝は何とか声を絞り出した。
「あ、ああ……この件を持ってきたのは確かに佐伯少将だ。それが?」
「戦略級魔法師管理条約には、十師族の影響力を低下させる目論見が隠されている」
いったんそう言った後、達也は「いや」と言いながら小さく一度、首を振った。
「――隠れてはいないな。これはあからさまだ。だからこそ、何故お前や一条殿が反対しなかったのか理解できん。戦略級魔法の管理という建前に目を眩まされたのか?」
「……どういうことだ?」
「この条約案で注目すべきは、政府の魔法師管理に魔法協会の査察権を認めるという部分だ。戦略級魔法師を政府が管理できているかどうか、魔法協会が査察する。その結果、十師族の保有する戦力と技術に関する情報は魔法協会に掌握され、査察結果に基づく勧告という体裁で協会にとって不都合な魔法師は自由を奪われ、技術は凍結されることになるだろう。つまり日本魔法協会が十師族の上に君臨することになる」
「待ってくれ。査察権を持つのは日本魔法協会ではなく国際魔法協会だぞ」
「何を言っている。日本魔法協会は国際魔法協会の下部組織。日本で魔法協会が査察権を行使するなら、日本魔法協会に権限が委ねられるに決まっているではないか。そして日本魔法協会は政府の保護を受けている、半政府機関だ。戦略級魔法師管理条約が発効したなら、日本国内においては民間の魔法師自治組織である十師族を完全に公的管理下に置く為の口実として運用されるだろう」
「ムゥ……」
将輝は「考え過ぎではないか」とは、言わなかった。彼自身、心の何処かで胡散臭さを感じ取っていたのかもしれない。
「一条。お前は海爆の威力を目の当たりにして、大規模魔法は管理されなければならないと思い込んでしまったのではないか? 海爆はお前自身の魔法だぞ。誰かに管理されるのではなく、お前が管理しなければならないんだ」
達也の言葉に将輝ばかりか劉麗蕾も思い当たる節があるような表情で目を伏せた。二人の様子を見て達也は内心苦笑いを浮かべていたが、そのことを表に出すことなく将輝に問いかける。
「それで、今日の話は何だったんだ?もしかしてその条約が調印されたのか?」
「……ん、いや、そうじゃない。進路を聞かれた」
「進路? 進学先という意味か?」
「この話をお前に聞きたかったんだ。司波、お前、進路はどうするつもりだ?」
「魔法大学に進学するつもりだが」
将輝の真意が測れず、達也はとりあえず表面的な予定を答えた。だがやはり、将輝が欲しかった答えははこれではなかったようだ。
「だがお前には、魔法大学で学ぶことなど無いだろう? だからと言って新ソ連の基地を一人で潰したお前に、今更防衛大に入る意味があるとは思えない」
「学ぶことが無いと言うのは誤解だ、一条。俺はそこまで思いあがっていない」
「そうか……」
「お前は迷っているのか?」
「正直に言って、な……。先々月までは魔法大学に進学するつもりだった。だが国家公認戦略級魔法師の認定を受けたからには、軍と深く関わっていくのは避けられない。だったらいっそのこと、国防軍の一員になる方が良いんじゃないか……と、迷っている」
「進学しないという意味ではないよな?」
「無論、違う。軍に入るとしても、まず目指すのは防衛大だ」
「別に俺のアドバイスが欲しいというわけではないんだろう?」
達也に問われ、将輝が目を泳がせる。
「ああ。……いや、アドバイスと言えばアドバイスか。戦略級魔法師に匹敵するか、それを超える軍事的な役割を自ら背負ったお前が進路についてどう考えているか、参考にさせてもらいたいと思ったんだ」
「だったら俺の答えはさっき言った通りだ。魔法大学に進学する意思は変わらない。一条、お前もシンプルに、自分のやりたいことを優先すれば良いのではないか?」
「しかし、それでは責任が……」
「責任ならば敵を撃退するだけで良い。軍人にならなければ、それ以上に果たさなければならない責任はない」
「………」
将輝の惑いを、達也は一刀両断の勢いで切り捨てた。将輝は何かを言おうとしては言葉が見つからず、結局無言を貫くことしかできなかった。
「一条。俺たちが魔法師であるのは、単なる事実だ。誰が何と言おうと、たとえ俺たちがそれを否定しようと、その事実は変わらない。だがお前が戦略級魔法師とされているのは、政府と軍の単なる都合だ。お前が戦略級魔法師でなければならないという必然性は、お前自身には無いんだぞ。戦略級魔法師という肩書きと、第三高校三年生という肩書きは、お前自身にとっては等価のものでしかない」
将輝は途方に暮れた顔をしている。達也の言葉が完全には納得できなかったようだが、同時に無視もできないようだ。
「俺に言えるのはそれだけだ」
一方、そう言って立ち上がった達也の瞳には迷いは無かった。
「将輝さん……?」
「何故だ……同い年だというのに、何故あんな考え方ができるんだ……」
「………」
将輝がショックを受けている理由を、同じ戦略級魔法師である劉麗蕾も理解できている。自分は戦略級魔法師だからと考えていたのは、彼女も同じだったから。
そう考えられないのが普通