劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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光宣以上に安全な方法


達也の解決方法

 達也が巳焼島から調布に戻ったのは、第一に水波のことが心配だったからだが、それだけが理由ではなかった。帰宅当日は見込んでいた事態は起こらなかった。彼の予測が的中したのは翌日夕方のことだった。

 

「達也さま。メールが届いております」

 

「俺宛に?」

 

 

 メール着信を告げた水波に問い返す達也の声に意外感は無い。むしろ何らかのコンタクトを期待していたようにも感じられる口調だ。

 

「はい」

 

「開けてくれ」

 

 

 達也の個人アドレスにではなく、家庭用のアドレスに届いたメール。達也はそれを自分の部屋で読むのではなく、リビングの壁面ディスプレイ上で開くよう水波に命じた。暗号文が自動的にデコードされ画面に表示される。短い平文と地図。それをリビングに集まっていた達也と深雪と水波が同時に見た。――なお朝昼晩と食卓を共にするリーナは、まだ自分の部屋だ。

 

「光宣君!?」

 

 

 驚きの声を上げたのは深雪。差出人は、光宣だった。水波は目を大きく見開き、両手で口を塞いで固まっている。達也だけが平然としていた。まるで、光宣から連絡があると分かっていたかの様に。いや、「かの様に」ではない。達也は光宣からの連絡を待っていたのだった。

 

「明日の二十二時か」

 

 

 メールは一瞥しただけで読み終えられる程、短い物だった。そこには「八月二十五日二十二時、東富士演習場でお待ちしています。九島光宣」と書かれており、添付された地図は演習場の一地点がマークされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二十四日、土曜日の夜。光宣とレイモンドは大胆にも、東富士演習場内にあるホテルのツインルームにいた。忍び込んだのではない。光宣の魔法で別人に成りすまして堂々と宿泊しているのだ。ここは国防軍士官が泊まるホテルで偽装魔法対策も高いレベルでされていたが、それでも第九研から現代魔法と古式魔法の技能を、周公瑾から東亜大陸流古式魔法の知識を受け継いだ光宣の偽装を見破ることはできなかったのである。

 

「光宣、何でこんな危ない真似を?」

 

 

 部屋に案内されるまでは、かえってそのスリルを楽しんでいたレイモンドが、部屋の鍵を閉め監視カメラや盗聴器が仕掛けられていないことを確認して一息吐いたところで、今更のように光宣に尋ねた。

 

「このホテルは九校戦の時期、選手の宿泊施設に提供されていたんだ」

 

「へぇ……」

 

 

 レイモンドは九校戦が何かを知っていた。光宣が健康上の理由で、九校戦に出られなかったことも。

 

「一度、泊まってみたかったんだよ。こんな機会は、もう二度とないだろうし」

 

「……そうだね。良いんじゃないかな」

 

 

 レイモンドは光宣が明日、何をするつもりなのかも知っている。「二度とない」という言葉の裏にどんな決意が隠されているのかも。それを思えば、多少の無茶を責める気にはなれなかった。

 

「誰にも怪しまれなかったんだし、達也もまさか、僕たちがこんな所に隠れているなんて思わないよ」

 

 

 態と軽く言ったレイモンドに光宣は何も言葉を返さず、ただ儚い笑顔で応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光宣から送られてきた「果たし状」を、達也は秘密にしなかった。

 

『……では、一人で行くつもりなの?』

 

 

 光宣から呼び出された件を報告し、手出しはしないでほしいと告げた達也に、真夜はそう尋ねた。

 

「いえ、深雪と水波を連れていくつもりです。あと、深雪の護衛にリーナもですね」

 

『リーナさんだけで大丈夫なのかしら?』

 

 

 疑問を呈して見せながら、真夜はそれ程心配している風でもない。

 

「問題ないでしょう。光宣にはもう、手駒はありません」

 

『分かりました。九島光宣の処理については、達也さんに一任します。ただし、今回で確実に終わらせなさい』

 

 

 その代わり、真夜は強い口調で念を押した。

 

「承りました」

 

 

 達也は気負った素振りも無く、その命令を受諾する。

 

『それで、水波ちゃんはどうするつもりなのかしら? 達也さんの報告では、水波ちゃんの中には不活性化させられているパラサイトが取り憑いているそうだけど、それは取り除けそうなのかしら?』

 

「九重八雲氏から、パラサイトを封じているのは自分の『封玉』と同じ技術だと言われました。精度は光宣の方が上だと仰っていましたが、それは八雲氏と対峙した時の『封玉』の精度です。今は光宣の技術と同等程度の精度があると思われます」

 

『それで?』

 

 

 達也の言葉を真夜は楽しそうな表情で聞いている。達也が誰も思いつかないような解決法で水波を救おうとしていると確信しているようだ。

 

「もちろん水波の意思を確認してからですが、水波に人工魔法演算領域を植え込みます」

 

『でもあれは、感情をフォーマットしてしまうのではなくて?』

 

「俺が受けたのとは別の方法で人工魔法演算領域を創り出します」

 

『どうやって?』

 

「俺は感情などをフォーマットし、そのスペースに演算領域を創りました。ですが水波の場合、封じられている演算領域の上に人工魔法演算領域を創り、元の演算領域を封じているパラサイトは『封玉』で閉じ込めます。これで余程の事が無い限りパラサイトが活性化することは無くなるでしょう」

 

『そんなことが可能なの?』

 

「俺が研究を続けていたのは、恒星炉プラントだけではありませんので」

 

 

 達也の返事に、真夜は楽しそうに許可を出したのだった。




同時並行でも十分に解決できる技術力

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