劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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光宣に達也並みの実戦経験は無いので


戦況分析能力の違い

 何処にいるのかさえ分かればいい。ならば、八雲と戦った時の手が使える。過去から現在を追跡する。偽られた情報を過去へ遡及し、偽られていない過去から偽られていない現在の情報を得る。魔法師として光宣に勝つ必要は無い。『仮装行列』を、『鬼門遁甲』を破れなくても、光宣を殺せれば良い。達也の狙いは光宣の、心臓の破壊。その為に、心臓がある胸の中央に触れるだけで良いのだ。

 しかし光宣も、達也に攻撃されるのをじっと待ってはいない。光宣の虚像、その手元へ急速に事象干渉力が集められていく。普通であれば、強力な魔法が放たれる前兆だ。達也は、魔法が放たれる前に魔法式を消し去ろうとした。しかしそこに、魔法式は無かった。

 

「(――領域干渉か!)」

 

 

 一定の空間を事象干渉力で満たして他者の魔法を阻害する対抗魔法『領域干渉』。光宣が自分の虚像の手許に造り出したのは局所的な『領域干渉』だった。目的は、達也の「眼」を逸らす為。

 

「(――良し!)」

 

 

 光宣は、達也の「視線」が虚像の手元に集中したのを感じた。その瞬間光宣は、手にしていた魔法の発動媒体を投げた。空中に黒い札、令牌から電光を纏った獣が飛び出す。周公瑾が得意としていた化成体の獣による攻撃魔法『影獣』に電撃魔法を被せたアレンジ版だ。黒尽くめの影の獣『影獣』ならぬ雷を纏う獣『雷獣』とでも呼ぶべきだろうか。

 光宣と達也を隔てる間合いは僅か十五メートル。『雷獣』はその距離を一瞬で駆け抜けた。――それでも達也には届かない。後一メートルというところで『雷獣』は『術式解散』によって消し去られる。

 

「(それも計算の上だ!)」

 

 

 光宣は間髪入れず、待機させていた魔法を発動した。自分の中に魔法をストックしておく容量。これは光宣が明白に達也に上回っているアドバンテージだ。この時、魔法の発動地点、つまり光宣の所在はむき出しになっていたが、達也にリアルタイムでこの隙を突く余裕は無かった。雷光が光宣の手許から達也に向かって伸びる。それは魔法によって誘導されているのでも収束されているのでもない。物理現象として具象化した空中放電だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目に見えている光宣の左、一メートル。化成体の獣が出現した地点のすぐ後ろに放電魔法の発動を捉えた瞬間、ではなくその一瞬後。達也は全力で地面を蹴って身体を左に投じた。草の上に転がる達也のすぐ右に枝分かれした雷光が落ちる。まさにギリギリのタイミングだ。

 回避が一瞬遅れたのは、発動後の雷撃魔法を『術式解散』で無効化しようとしてそれが不可能だと認識するまでにそれだけの時間を要したからだ。単に放電を生み出しただけでは、空中で拡散してしまう。通常であれば雷撃が標的に命中するまで、魔法で拡散しないように収束して誘導しなければならない。この収束・誘導のプロセスを担う魔法式を分解すれば、放電プロセスが発動済みの雷撃魔法であっても無効化できる。

 だが光宣が放った雷撃には、収束・誘導のプロセスが含まれていなかった。雷撃は魔法による収束も誘導も無しに、一つの束になって達也へと突き進んだ。いや、『術式解散』で分解する魔法式がもう無いのだ。収束状態を解消して拡散させる為には『術式解散』ではなく『雲散霧消』を使わなければならなかったのだが、魔法を切り替えている余裕は無かった。その結果が、身体能力頼りの回避だった。

 

「(化成体の魔法は仕込みだったのか)」

 

 

 立ち上がりながら、達也は光宣が使ったトリックを推理する。電撃を纏った化成体の獣は、達也を斃す為のものではなかった。途中で破られることを見越した、次の雷撃魔法への布石だったのだ。

 雷獣は高電圧を帯びていた。獣の姿は非実在の虚像だが、その表面に纏っていた電撃は実在のエネルギーだ。雷獣が走り抜ければ、その通り道の空気はイオン化される。つまりそこに、電流の通り道ができる。光宣が放った雷撃は、このイオン化された空気の層に導かれていたのだ。だから雷獣が分解された一メートル手前で、雷撃は急激に拡散した。達也が回避したこの先に落ちた小さな雷は、枝分かれした雷撃の一筋だった。

 

「(危ないところだったが……捉まえたぞ)」

 

 

 今の雷撃は間違いなく、光宣自身の手許から放たれた。達也の『精霊の眼』は時間経過と共に積み重ねられていく情報を読み取る。その「眼」は雷撃魔法が放たれた瞬間から、光宣をロックし続けている。達也は時間の積み重ねの中で、光宣が移動する軌跡を追い続けていた。

 

「(躱された!? いや、通用しなかったわけじゃない)」

 

 

 今の雷撃を、達也は身体能力で躱さなければならなかった。それも余裕をもって見切ったという感じではない。かなりの部分、偶然に頼った回避だ。何より確実に言えるのは、対抗魔法で無効化しなかった。おそらく、できなかったのだ。今の一撃は、間違いなく達也を追い詰めた。

 

「(この戦術は間違っていない。さらに追い詰めて、達也さんを焦らせるんだ)」

 

 

 彼は追加の令牌を腰のポーチから取り出した。太平洋を横断する船の中では、令牌を十枚以上作成した。上陸してからここまで来るのに何枚か消費したが、まだポーチの中には今取り出した分を除いても五枚残っている。

 これだけあれば、達也から余裕を奪えるはずだ。光宣はそう考えた。というより、自分に言い聞かせた。




達也から余裕を奪えるはずないでしょうが……

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