劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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ちょっと進行速度が落ちますが、後半必要部分以外を大幅カット(一条の見せ場など)しますのでご勘弁を……まぁ周と合わせとかないと後々つながらないので、そこはちゃんとしますけど……


ゲリラ兵掃討

 達也たちの姿が扉の向こうに側は消えた直後、一際激しい爆発音が会場を揺るがした。無秩序な叫び声と怒鳴り声が混沌と絡み合い、悲鳴とも怒号ともつかぬ唸りとなって更に人々の神経を削る。

 ただそのカオスも、あずさのいる最前列の審査員席までは波及していない――まだ届いていない。

 しかしこのままでは間違いなく多数の負傷者が発生するパニックへと進展する騒動を前にして、あずさは如何したらいいのか、何をしたらいいのか分からず座ったまま硬直していたのだ。

 

「……ちゃん、あーちゃん……中条あずさ生徒会長!」

 

 

 そのあずさを壇上から叱咤する声、あずさは慌てて立ち上がりステージを振り仰ぐ。舞台の袖に立っていた真由美が、更にステージの前へ進み出てあずさに視線と言葉を向けていた。

 

「このままだと本物のパニックになるわ。けが人も大勢出る事になる。だから貴女の力でみんなを鎮めて」

 

「えっ!? でもあれは……」

 

 

 真由美の言葉にあずさの目が大きく見開かれる。あずさの魔法は人の情動に干渉し、パニックを鎮める事が出来る、この状況には極めて有効な魔法なのだが、精神に干渉する魔法は、魔法の中でも特に厳しく規制されていて、未成年の独断で軽々しく使用出来るものではないのだ。

 

「貴女の力はこういう時の為のものでしょ? 私の力でも摩利の力でも鈴音の力でもない、あずさ、今は貴女の力が必要なのよ」

 

 

 しかし真由美は軽い気持ちで指図しているのではない。「リンちゃん」ではなく「鈴音」、「あーちゃん」ではなく「あずさ」。形式を整える為に「市原さん」や「中条さん」と呼ばれる事は普通にあったが、真由美が彼女の事を名前で呼んだのは、過去に片手の指で数えられるほどの事。それだけで真由美が本気だということ、本気で彼女に情動干渉魔法「梓弓」の使用を求めているのだと、あずさには分かった。

 

「大丈夫、責任は私が取るから。七草の名前は伊達じゃないのよ」

 

 

 コミカルなウインクはあずさをリラックスさせるものだった。「七草」の名前を口にしたのは、この混乱を成す術無く傍観している権威のあるはずの大人たちを牽制する為のもの、その程度は理解出来るだけ付き合いだし、その言葉に嘘は無いだろうとあずさは思った。

 真由美一人に責任を押し付けるつもりは無かったが、そこまで言われて知らん顔は出来ない。あずさは力強く頷くと、身体を反転させて所々で押し合い圧し合いに発展している客席を視界に収めた。

 首に掛けたチェーンを手繰り襟元から小学生の手に隠れる程の大きさのロケットを引っ張り出す。留め具を外してチェーンを引き抜いたそれを、あずさは左手で握りこみ、すーっと息を吸い込みロケットへとサイオンを注ぎ込む。

 このロケットはCADの基幹部分のみを組み込んだ唯一つの魔法の為の術式補助デバイス。一種類の起動式を記録し、一種類の起動式を出力する、ただそれだけの機能しか持たない故に、ボタンもディスプレイも起動式の切り替えに必要な一切のシステムを省略し、小型化した魔法の杖。

 ただ一人の為の杖が、唯一つの魔法の為の呪文を紡ぎ出し、あずさだけが使える情動干渉魔法「梓弓」が発動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正面出入口の前は、ライフルと魔法の打ち合いの真っ只中だった。攻撃側のゲリラ兵は全員が東アジア系の顔立ちだった。会場内に乱入したテロリストと同じ格好で、通常の突撃銃と対魔法師用のハイパワーライフルで武装している。

 先頭を走っていた達也は、出入口の扉の影で足を止め、彼の背中に続いていた深雪も兄に従い立ち止まったが、三番手を競うように横並びでついてきた二人は血気に逸っていた。

 

「止まれ! 対魔法師用の高速弾だ!」

 

「ぐえっ!」

 

 

 彼を追い越して飛び出そうとしたエリカを大声で呼び止め、レオの襟首を掴んで引きずり戻した。

 

「達也様、少々手荒いような気が……」

 

「でもおかげで命拾い」

 

 

 少し遅れて残りの八人が一塊で到着した。達也の乱暴な制止方法に愛梨が少し非難するような声色でつぶやき、雫が淡々とそれに反論した。

 こんな時でも何時ものペースを忘れない友人たちに心強さを感じたが、こんな時なので苦笑いは浮かぶ前に消して、達也は妹に目を向けた。

 

「深雪、銃を黙らせてくれ」

 

 

 達也の言葉に友人たちが一斉に「えっ?」という表情を浮かべた。

 

「畏まりました。ですがお兄様、この人数を一度にとなると……」

 

 

 深雪の返答は何故か場違いな恥じらいを含んでいるように見えた。何を恥ずかしがってるのかと、新たな謎に首を捻った一同だが、次の達也の行動で今回の疑問はすぐに解消した。

 

「分かっている」

 

 

 達也が差し出した左手に、そっと右手の指を絡める深雪。その羞恥の表情はどの角度から眺めても妹が兄に対して見せるものではない。

 ほのか、雫、エリカ、愛梨、栞、沓子、香蓮がムッとした表情をしたが、その次の瞬間には深雪の表情は引き締まった、魔法師のものになっていたので全員が表情を改めた。彼女の左手には、それと気付かせぬ自然な動作でCADが握られている。達也が右手を水平に挙げ、隠れているドアの横からゲリラ兵たちを指差した。

 次の瞬間、深雪の魔法が発動する。それは炎を凍りつかせる魔法。

 

 振動減速系概念拡張魔法『凍火(フリーズ・フレイム)

 

 

 

 凍結の概念拡張魔法『凍火(フリーズ・フレイム)』は、燃焼を妨害する魔法だ。銃であろうと大砲であろうと火薬、爆薬を使用している限り沈黙を強いられる事になる。

 ゲリラ兵の残存人数は丁度三十人。深雪が同時に魔法の標準を合わせられる上限数は現在のところ十六。三十丁のライフルを標的とした「凍火」二連射、その効果を確かめもせず、達也はゲリラの陣地に飛び込み魔法を宿した手刀を振るう。

 素手で人を斬る達也を見て、戦意を喪失したゲリラの横手から、目にも留まらぬ速度で銀色の風が駆け抜けた。疾風の線上で血飛沫が舞い、ゲリラ兵が倒れる。

 銀閃の正体は短い刃、いつもの警棒を鍔の無い脇差し形態の武装一体型CADに持ち替えたエリカが、自己加速魔法で駆け抜けながら正確にゲリラ兵の頚動脈を切り裂いていったのだ。

 彼女も達也と同じく、敵の命を奪う事に躊躇を持っていなかった。彼女にとってこれが初めてではないということである。

 しかしそれ以上に、人の命を奪う事の出来る武器で、人の命を奪う事が出来る技を修めた彼女は、躊躇う事の危うさを知っていた。

 相手も自分を殺す事の出来る状況で相手を殺すことに躊躇を持つという事がどれだけ傲慢でどれだけ愚かなことなのか、エリカはそれを心の芯に叩き込まれていた。

 心に刻み込まれている、という点では幹比古も同じ。魔法という武器を代々受け継いできた家で培われた経験観は、魔法をその本来の用途で使用することへ疑問を抱かせない。

 

「達也、エリカ!」

 

 

 後方から届いた幹比古の声に、二人はサッと左右へと散った。吹いてきたのは本物の疾風。風の中に潜むカマイタチが、ゲリラの皮膚を無残に引き裂いて駆け抜けていった。




バッサリカットしたらIFやって追憶編ですね……アニメのみの人は分からなくなるのか……

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